姫君(3)
「何を!?爆発騒ぎを起こしたのは貴様らだろ!?それに数々の暴力沙汰を各地で起こしておいて」
ルカは少年の肩をぐいと掴んで自分の肩に向かせた。しかし、その肩の細さと柔らかさに驚いて思わず手を離した。石だと思ったら美しい砂糖菓子だったような、何か触れてはいけないものに触れてしまったような気がしたのだ。ルカも華奢だが、この少年はもっとずっと細かった。
「『暁月』は野蛮で無能とでも習ったのか?もっとその目を研ぎ澄ますことだ」
しかし、少年はルカの手をパシッと振り払うと射抜くような目でルカを見た。ルカはその目線の鋭さに気圧されて一瞬たじろぐ。
「まあ良い。名誉の為に教えてやる。今宵の爆発騒ぎは『暁月』と勝手に名乗っている連中だ。今回だけじゃない。各地で魔力持ち相手に破壊活動繰り返しているレジスタンスは我々とは無関係…とも言い難いのだが、『暁月』とは袂を分かった連中だ」
鵜呑みにするつもりはないが、少年の語り口は有無を言わせない迫力があった。とても誠実で力があり、肯定したくなるような不思議と耳障りの良い声と口調なのだ。
「その話が真実だとして、お前はここで何をしてるんだ」
フェリクスは半信半疑だったが、この少年が朗々と嘘をついているようにも思えなかった。
「ここにもレジスタンスが紛れ込んだようだ。我々はレジスタンスの破壊活動の阻止と説得、そして貴族社会の仕組みの平和的変革を目的として活動している」
「では、お前はレジスタンスを止めに来たということか?」
「そうだ。正確には私以外にもいるが…今夜この屋敷をレジスタンスが襲撃するという情報が入ったからな」
「なんのために……もしやグレインヴァルを襲いに?」
エルドランド公に襲われる理由があるとはフェリクスは思えなかった。彼は貴族でも非常に朗らかで腰が低く、無魔の民にも積極的に仕事や施しを与えるような人物なのだ。恨みを買うような人間ではない。
となれば隣国のグレインヴァルを襲撃に来たのではないだろうか。隣国ではもっと差別が激しくレジスタンスの活動が積極的に行われているという。彼が目をつけられているなら納得もできる。
「まあ隠すことでもないゆえ、教えてやる。エルドランドは禁忌の薬を密輸している。隣国では今一番の問題になっている案件の一つだ。理性を破壊させ苦痛を麻痺させ夢心地にした挙句、人を廃人に追い込む。貴族の間でも流通しているが、無魔の者が苦しみから逃れるために娯楽のように使うことが多いな」
フェリクスは半笑いで少年の言葉をあしらう。
「はは、まさか…エルドランド公はそのような卑劣な人じゃないぞ。貴族には珍しく誠実な人だ」
やはりこの少年は信じがたいという決定打になった。
「卑劣な行為は卑劣な人間だけがするのか?そこの娘、フィーナ嬢といったか?」
少年はフェリクスに抱きかかえられてすやすやと眠るフィーナに目線をやった。
「彼女からは魔力の気配がほぼしない」
「なんだと」
「そこの彼なら気づいていたのでは?」
少年は今度はルカを見た。
「…!」
ルカが驚いたように目を見開く。フェリクスがルカの方に視線を投げるとルカは気まずそうに下を向いた。
「無魔の女から魔力持ちの子が産まれる確率は絶望的だ。加えて一人娘。しかも三人目の妻の。おそらくエルドランドは子ができにくいのだろう。まあ養子という手もあるが、エルドランドは随分良心的な父なのだな。ああ、君の言う通りとても誠実な男だ。家が取り潰されても娘が生涯を生きていけるほどの富を秘密裏に作りたかったのだろう」
「…ああ…」
フェリクスは少年の言葉に呻くように声を出した。
「ああ…ああ…そうか…なるほど合点がいく」
そしてフィーナを見つめながら絶望したように呟いた。
この国では魔力が安定する十の齢で魔力の測定が行われる。無魔と発覚する前に自分と口約束でも婚約をさせたかったのだろう。無魔は貴族の家は継げない。貴族の資格をはく奪される。しかし、貴族の妻または婿養子になるという抜け道がある。実際、容姿の整った無魔を正妻ではなくとも娶る貴族は多い。それが幸福な婚姻だったという話はほぼ聞かないが。
「エルドランド…彼に悪い噂はなかった。それどころか彼を称える無魔も多い。私も心苦しい…」
少年は目を伏せて悔し気に呟いた。まるで自分もエルドランドをよく知っているような口ぶりだった。
「お前は…」
その時だった。
ドォォン…!
と先の爆発音と同じような音が聞こえた。
「!」
「お喋りが過ぎた。このままでは死人が出るぞ。私は行く」