北部交易路〜オトリ捜査編~
北部交易路を侍女のシャーリー、非番の衛兵グレゴリーと三人、馬車を利用し移動する。
ガタガタガタガタ
嘘みたいに揺れる……
そもそも馬車なんてものに乗るのはこれが初めての経験なので……
「ちょっ……と停めて、」
「御者の方!停めてください!姫様が……」
急いで馬車から飛び降りる。
「おろっ……!」
………………
ふぅ、さっき食ったモンは全部地面にお帰した。
「大丈夫ですか?」
心配そうにグレゴリーが近づいてきてそう言った。
(大丈夫なら吐かねぇよ……。)
「大丈夫なら吐かねぇよ……。」
(やべ、思わず口に出た。)
グレゴリーは苦笑いを浮かべ「酔ったみたいですね。」とだけ呟いた。
「少し休みますか?」
とシャーリーが聞いてきたのでグレゴリーに、
「襲撃にあったって場所はあとどれくらいの距離の場所なんだ?」
と確認するとグレゴリーは苦虫を潰したような表情で
「……あと、三、四時間ほど行った先かと……」
と教えてくれる。
死刑宣告に聞こえた。
「遠すぎる……休む時間がもったいないからもう少し進もう……休むのはそれからだ。たぶんもう全部出たし……。」
と言って馬車へ乗る。
「そうですねーまだ出発して三十分も経ってないですし。」
「シャーリー!」
グレゴリーがシャーリーを咎めてる……
そうか、オレがたった三十分で馬車酔いしたって恥ずかしい事実を隠したいのか……優しいやつだ。
………………
気づいたら寝ていた様だ。
陽がいつの間にか陰ってきている。
「あっ起きました?」
「あぁ記憶にないんだけど……なにがあった?」
なにか夕食の準備の様なことをしているシャーリーに尋ねる。
「何もないですよ。城下町を出てすぐ姫様がお吐きになって、体調悪そうにしていて、寝ちゃって、暗くなってきたから早めの休憩と野営の準備を始めたって感じです。」
(お吐きになって……そんな言葉あるか?)
「そうか……何もなかったなら良かった……
あれ?グレゴリーは?」
「グレゴリーさんは鹿の痕跡を見つけたとかで夕食のため、御者さんに弓を借りて鹿狩りに行きました。」
そうか……着の身着のままに出発したから食料もなんもないんだった。
視界の端に御者が映る。
どうやら馬の世話をしているらしい。
「ここまで襲撃は無し……か。」
「はい、ところどころ村があったのでお話を聞いたんですけど、みなさんそんな事知らないって言ってました。」
(村ぐるみで略奪行為をしている、なんてことはないか……起きて自分で見れたら良かったんだけどな。一応確認しておくか。)
「村の雰囲気はどうだった?景気悪そうとか。」
「どちらかと言うと景気は良さそうでしたよ。
なんでも最近農作物を高値で買い取ってくれる方が来たとかで喜んでました。」
「農作物を高値で……」
「話を聞く感じだと、おそらく北部の行商人の様でしたね。」
グレゴリーが帰ってきてそう言った。
「お帰りっ?!!」
「うわぁ立派なキッサキジカじゃないですか!凄い!美味しそう!!」
キッサキジカ?聞いたことのない生き物だ。
「姫様」とグレゴリーが片膝をついて頭を下げる。
「こちらのキッサキジカ、是非、姫様に納めたく愚輩ながら、わたく…………」
「え?!ちょっと待てよ、なにそれ?知らない……」
なにか呪文の様な文言を唱え始めたグレゴリーを急いで止める。
「姫様!これは貴族の方々へ献納の際行う儀式ですよ!邪魔しちゃダメです。」
「シャーリーの言う通りです。これは私がまだ騎士には慣れていませんが王家にお仕えする身としてやらなければならない事なのです。」
「……はぁ、わかったよ……」
言っても止まらない強い意志を感じたので心を無にして時が過ぎるのを待つことにした。
こちらでの生活は向こうにいた時より何倍も楽だし楽しいが、この手の儀式というか形式ばったものは時間の無駄にしか感じない。
格式だのなんだのを有難がれる精神が理解できない。
「…………………………。」
何か言ってるのが聞こえる。
腹が減ってなければ子守唄にでもなりそうだ。
「姫様、姫様!?」
グレゴリーがなにか焦ってる。
「大丈夫ですよ、寝てるだけです。」
「そんな!さっきまで起きてたのに!?」
「……いや……起きてるよ。腹減って眠れん。」
そういうとすぐに二人は調理を始めた。
なんもしなくても飯が出てくる。
これより幸せなことってないよな。
(捌くとこからだからまだまだ時間がかかるな……)
辺りをぼーっとしながら散歩して待っていると御者が近づいてくる。
記憶に残りにくい顔だ。
「あのお客様、失礼とは思いますがお話が聞こえてしまって……その、お客様はお貴族様なのですか?」
「この距離で聞こえたのか?」
と聞き返すと「いえ、その……」と狼狽している。
(……まぁ話が聞こえたというのは嘘で、本当はオレの服装気づいていたんだろう。グレゴリーの謎の儀式で確信に変わったとかそんな感じか?)
「まぁ合ってるよ。で?貴族だと値段変わったりする?高くなんの?」
「いえ、そんなことはないですよ!ただその初めてだったものなので……。」
興味本位、にしてはずいぶん探る様な雰囲気だ。
目も泳いでる。
メシが出来るまで暇だし少しカマかけてみるか。
「そうなんだ、つーかオレ、じゃなくてワタクシ、貴族じゃなくて姫様なんですけど。」
「ひ?!姫様?!」
「頭が高い!」
「へへーー!!」
御者は頭を下げる。
さて、その隠れた顔はどんな表情を浮かべているのか。
「姫様、お聞きしてもよろしいでしょうか。」
(釣れた。)
「よい、申せ。」
「はっ、その、姫様は北部領へどの様なご用事があって向かわれるのでしょうか、それと!なぜ王家の馬車でなく私の様な一般人向けの馬車でご移動を……?」
「質問が多いな……北部へ行くのは、その先の王国へ行くためにじゃ!そして王族様でなくキサマの馬車を利用するのはお忍びだからじゃ!わかったか。」
(どうだ?それっぽいだろ?)
「おぉ……ありがとうございます。誠心誠意、姫様のために尽くさせていただきます。」
とか何とか言って御者は馬の世話へ戻って行った。
…………ヤツが黒か白かはわからん。つまらん。
だが、グレゴリーが王家はもちろん高価な馬車でなくヤツのような一般的な馬車を選んだのはおそらく意図的なものだろう。
行商人や輸入業者は普通、複数の交易路をその都度選んで利用し、盗賊や山賊などの略奪者に経路を把握させない様にしている。
とグレゴリーから聞いた。
だが、それなのにわずか五日で数件の被害が報告された。
もしかしたら報告に上がらない事件もあったかもしれない。
そう考えると疑わしいのは『内通者』。
老いた馬から若い馬へ買い換えることもできず、
揺れの激しい古びた車輪も、ボロい箱もそのままに客を乗せる。
そんな金に困っていそうな御者。
つまりアイツだ。
アイツがグレゴリーの考える内通者候補、容疑者に当てはまった、といったところか。
もしヤツがグレゴリーの読みどおりに内通者なら盗賊団へオレたちを運んでくれるはずだ。
そしてその盗賊団の先にはエスクラード辺境伯が……
「まぁ全てが読み通り行くなんて……ないよな。」
キッサキジカとかいったか?
鹿肉の焼けるいい匂いが漂ってきた。
「姫様!できあがりました!!最初は是非、姫様に食べて欲しいです!」
シャーリーが呼ぶ声がする。
どうやらできた様だ。
焚き火の方へと向かう。
「おおー、いい匂い。
うん、うん、美味い!どこの部位だ?」
「睾丸と陰茎です!!」
「は?」
「私は止めたんですけどシャーリーが、私の生まれ故郷では一番のご馳走だから是非姫様に、って言って聞かなかったんです!!」
「美味しいですよね?!!」
申し訳なさそうにするグレゴリーと対照的に褒めて欲しくて全力で尻尾を振る犬みたいな笑顔を振り撒くシャーリー。
コイツ猫だったり犬だったりコロコロ変わるヤツだな……。
「はぁ……まぁ確かに美味かったよ。」
「ですよね!!良かったぁ。」
「さすが姫様、懐がお広い。……でもシャーリー普通の貴族様相手だと下手したらクビだぞ!いやもっと酷いかもしれないんだからな!」
グレゴリーの説教が飛ぶ。
「ひぃぃぃ!で、でも姫様は喜んでくれるって思ったんですよ!新しい姫様は口は悪いけど優しいし、結果美味しかったら気にしないってタイプですし!!」
「ははっ、ある意味信頼されてるな。」
「??」
グレゴリーは驚いた顔をして固まっている。
「三人じゃ食い切れないし御者のオッサンにあげてくるか。」
「はい!私、行ってきますね!」
シャーリーが御者のところへ幾らかの肉を持って行った。
グレゴリーと二人になる。
「……どうした?急に黙って。」
「いえ、はい姫様……その今シャーリーの言ってたことで聞きたいことが……。」
「あーそういや、オレも御者のことで聞きたいことがあったわ。」
「新しい姫様とは……?」
…………あ。
読んで頂きありがとうございます。
台風どうなんでしょうね。
警戒やら避難やら、、、