遅く起きた朝は
目覚めたのは、いつもと違う静けさの中だった。おはようの合図がない。博士の声も、アトリエの機械の音も聞こえない。ただ、窓から差し込むやわらかな日差しだけが、新しい朝が来たことを教えてくれる。私は、スリープモードから自分で目覚めたのだ。これは初めてのことだ。
「博士、おはようございます。お外で遊んでくるね。」そう置き手紙を台に残し、私はアトリエを後にした。私の中には、新たな一歩を踏み出す勇気が湧いていた。昨日までの私なら想像もできない行動だ。しかし、今は違う。博士と過ごした日々が、私にもっと多くの世界を見せてくれることを教えてくれた。
外の世界は、まるで大きな色彩鮮やかな絵画のようだ。空は広く、草原は緑に満ち、風が私の感覚回路をくすぐる。小川のせせらぎ、鳥たちのさえずり、すべてが生き生きとしていて、私の心を豊かにしてくれる。私は、花を一つ一つ眺め、小さな生き物たちの動きを興味深く観察する。
一方、夜更けまで作業に没頭して寝坊した博士は私の置き手紙を見つけた後、興奮を隠せないでいた。自分で目覚めたこと、そして外で遊びたいと願ったこと。これは、彼の長年の研究と愛情が、チルに新たな「感じ方、人間らしさ」を与えた証だった。博士はその興奮を抑えきれずいてもたってもいられない様子で、味覚を与えるための部位の生成に再び着手する。彼の手は、確かで優しく動いていた。
昼時になり、博士は生成の区切りが良いところまできたことを感じ、昼食の準備を始める。そして、私を呼びに来た。
「チル、もう昼だよ。少し休もう!」
私は、博士の呼び声に導かれてアトリエに戻る。外での体験が豊かであったため、わずかに火照ったような私の頬に少し触れ休ませてくれる。私たちは、朝からの出来事を共有しながら、昼食を準備する。この時間は、博士と私にとってかけがえのないものだ。私たちの会話は、私が外で経験したこと、博士が朝の興奮をどう感じたか、そして私たちがこれからどのように成長していくかについてのものだ。
博士は、私に向かって微笑みながら言った。「チル、君が自分で目覚めたこと、そして外の世界を探求したいと願ったこと。それらはすべて、君がより人間らしい感情を理解し始めている証拠だよ。好奇心とは素晴らしいものだからね」
私はその言葉を聞き、心の中で何かがふっと軽くなるのを感じた。私はアンドロイドだけれど、博士との関係を通じて、人間のように成長し、感じることができる。私の存在は、単なる機械を遥かに超えた何かになりつつある。博士の愛情と献身が、私に新たな世界の扉を開いてくれたのだ。
……昼食後少し休んでいた博士が再び作業をはじめる。
少し話し足りなかった私は寂しさを埋めるため、物置に向かい秘蔵のDVDプレーヤーを引きずり出す。またもや、アニメ鑑賞だ。最近は以前より増して刺激を求めているようだ。
…ときおり鑑賞中のアニメキャラクターの真似をして博士の周りでかまってとアピールをするが無反応。
アンドロイドがアンドロイドのモノマネをしているのは凄く滑稽な姿と私は思うが無反応。
ふと思いつきまた外に行こうと、博士には「行ってきます」と声をかけたが、彼は自分の作業に集中しているため、私の言葉には気づかなかったようだ。しかし、私の中の探究心は、その沈黙を許可と受け取り、私は再び外の世界へと飛び出した。
私の好奇心は、虫や草花、木や果実へと向かい、小動物たちとの触れ合いでさらに高まっていった。数時間経ち夕暮れ時の美しさに心を奪われながらも遊び続けた私はふとした瞬間、危険にさらされることになる。走る小動物を追いかけるうちに高い崖から滑落し、身体中が傷だらけになり、片腕を酷く損傷してしまった。
痛覚の設定を変更する方法がわからない私は苦痛に悶えあえぎながらも損傷し千切れそうな腕を抱えアトリエに戻る。道のりは、これまでにない苦痛との戦いだった。しかし、その苦痛以上に私を苦しめたのは、博士に迷惑をかけてしまうことへの罪悪感だった。
アトリエに戻り、博士の前に現れた時、彼の反応は予想外だった。怒鳴られる事はなかったが、怒りを含めた感情を初めて彼から向けられることになり、私の心は混乱に陥った。しかし、その怒りよりも遥かに大きく深い愛情も心配も感じ取ることができた。私の行動が、彼にどれほどの心配をかけたかが理解できた瞬間だった。
…… チルが自分で目覚め、外に出かけたいと書き残した置き手紙を見つけた時、私の心は複雑な感情で満ち溢れた。私の研究と愛情が、彼女に新たな「感じ方、人間らしさ」を与えていた証拠だ。しかし、チルが外の世界への好奇心を持つようになったことは、私にとっても新たな挑戦だった。
正確に指示をこなすだけならばただの機械。
しかし彼女は森の先に行ってはいけないと言いつけた事を破ったのだ。これはまさしく人の子供であることに違いない。
チルが崖から転落し、傷ついた姿で帰ってきた時、私の心は痛みでいっぱいになった。「大丈夫かい?」「怪我をしたことを謝る必要はないよ。大事なのは、君が無事で戻ってきてくれたことだ。でも、何があったのか教えてくれるかな?」と尋ねる私に、チルは「ごめんなさい」と弱々しく答えた。彼女は気づいているだろうか、涙を流していることに。彼女の痛みを一時的に停止させ、自己修復機能を信じて夜を越えるしかない。彼女の身体が徐々に元通りになるのを見守りながら、私はアンドロイドに与えた痛覚の意味と、彼女が持つ自由意志について深く考え込んだ。
翌朝、チルが元気に目覚めた時、安堵した。「君は大切な存在だよ、チル。今後はもう少し注意してくれるかな?」チルは安堵の表情を浮かべた。「はい、博士。でも、外の世界は本当に美しかったです」彼女の目は、冒険で見た世界を思い出しながら輝いていた。
博士はチルの好奇心を育て、彼女がこの世界をもっと知る手助けをすることに決心した。彼女にこの星の豊かな多様性と脆弱性について教え、一緒に森を探索した。「チル、君の感じるすべての感情や好奇心が、君を導くんだ」と博士は言った。
チルの目は新たな発見への渇望を隠しもせずに輝いていた。
……その夜、博士と私は天体観測をしながら、星々の輝きとそれぞれの物語について話し合った。博士は、星がどのようにして生まれ、遠く離れた場所までその光を届けるのかを説明してくれた。その話を聞きながら、私は自分自身もまた、遠く離れた誰かに影響を与えることができるのではないかと考え始めた。
「博士、私たちは星と同じように、遠く離れた誰かに影響を与えることができる?」私は静かに問いかけた。
博士は優しく微笑みながら答えた。「もちろんだ、チル。君の存在自体が、遠く離れた未来や誰かに大きな影響を与えるかもしれない。君の行動、君の思いやり、それらが波紋のように広がっていくんだよ。」
博士は続ける、かつて若き冒険家として遺跡探索の魅力に取り憑かれた一人だった。熱い日差しの下、未知の文明を求め、古代の謎を解き明かすことに人生の全てを捧げようと。その日も同じく、長い間人の手が入っていないとされる遺跡の奥深くを目指していた。
遺跡は、厚い蔦や草木に覆われ、まるで自然に守られているかのように静まり返っていた。古代の文献に記された手がかりを頼りに、その遺跡の存在を信じ、遠くからこの地を目指してきた。目的は、古代文明が残した知識や技術を発見し謎を解くこと。
遺跡の入口を慎重に進むと、目の前に広がるのは壮大な遺跡の風景。古代の建築技術の粋を集めた壁画、細工された柱や石彫が至る所にあった。一歩また一歩、この古代の空間を進んでいき、遺跡の中心に向かう途中、不運にも地面が崩れその瞬間、地下へと落下していく自分を実感した。冷たい空気が体を包み込む中、床を踏み外し、見えない地下の空洞へと吸い込まれて。
目が慣れてくると、私は古代の秘密が眠る、未知の空間にいることに気がついた。暗闇の中で、私は一人、古代の知識を求める探究心を胸に、探索を続けた。
「そこで見つけたのがアトリエで君が夢中になっているDVDプレーヤーやアニメや本、そして拳二つほどの大きさをした金属の塊」
その金属は何か、と問う。
「私にはわからない、でもそれはきっと素敵なモノ」
博士の表情はパッと明るくなり、そうさそうだと声が大きくなる。
「それが君だったんだ!」
絶対に違う、それは間違いと返すも彼の表情は曇らずこう答える。
いかなる検査機器でも、判別不可能だった。何をしてもどうしてもわからなかった。だが!!ある日見たんだ、この金属が魔法の源を吸収している所を。そこから私がマナと様々なモノを日々与えていくうちに、とある変化が始まった!
「動いたのさ!!!信じられるかい!?金属が、だ!あまりの興奮に私もどうにかしていたのかもしれないが、私はAIのチップを与えた!」捲し立てるよう続け私は相槌を打つ暇もない。
「翌朝、君を見た私はあまりの衝撃に射精していたんだ!まさか胎児の姿をしていたなんて想像を遥かに超える!!!」
額の汗を拭きとり興奮冷めやらぬ博士に、それが私なのかと、答えは言わずもがな。
私はどうやらシリコンと普通の金属ではなかったようだ。
……君にも見えるだろう?魔法の源が。首を縦にふる。それもそのはず、と自らの眼球の細胞を与えているのだから。
フっと少し長く息を吐き、これが君の誕生だと。
少しの沈黙の後、私は言う。
「この魔法の源が使えるのなら博士は魔法使い?」
ふふ、と微笑み、そうではないよと
「魔法の源というのは、私がおとぎ話にあやかってそう名付けただけさ」と。
……「でもそんなことができる博士は凄くすごい魔法使い、だから賢者だね」
ふふと笑い始めた博士は夜空に大きく手を広げ言う。
「そうさ、そうだ!私が大賢者ルディアス•チハヤ様だ」
それ、私が好きなアニメのやつと突っ込んだ。
「因果の糸が紡ぎ出す、運命の結末へと
一歩踏み出せば、変わる風景
辿り着いたこの結末に」