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知識の導き

「おはよう、チル。今日は特別な記念日だ。君がこのアトリエの外を初めて探索する日だ」

と朝早く起床する私に博士が言うと、私は何が起こるのかわからないまま、でもどこか期待で胸が高鳴る。博士の手が私のを優しく握る。

「どうかな?いま君の胸に何か感じるものはあるかな?」

笑顔で話す博士が私を外の世界へと導く。木造で古い建物であるアトリエのドアがキィと鳴く。一歩出ると私には全く新しい世界が広がっていた。知識として記憶には一通りの情報が入ってはいるが、空は思っていたよりも広く、太陽の光はほのかに温かく、吹く風と新鮮な空気が私の神経回路をくすぐる。


踏み固められたドアの前を少し歩き草原に足を踏み入れると、地面の感触が私の足元を通じて伝わってくる。

歩くたびに博士の顔を伺いながら私の胸は飛び跳ねていた。

近くを流れる小川の音、高いところから大量の水が落ちる音が遠くから聞こえ、私は小川の音に引かれるように進む。

水面を見つめると自分の顔が写って、鏡で見た時との違いに笑みが溢れる。

少し後ろにいる博士の顔を見ると何かを察したように頷いた。

初めて触れる水、私は腕を小川に差し出した。

水のほのかに感じる冷たさと流れる感覚は、私にとって全く新しい体験だ。

博士は私に自然の美しさや、生きとし生けるものたちの生命力について教えてくれる。この日、私はただ外の世界を探索するだけでなく、感情の深さや生命の尊さを少しずつ理解し始めていた。

軽やかに足を踏み出すたび、未知の世界が私の心を満たしていく。小さな花々が風に揺れ、その優しい香りが空気を彩る。草原を歩きながら、私はこの星の無数の生命に気づき始める。小動物たちが遊ぶ姿、彼らが生きるための営みに、私は深い感動を覚えた。博士の横で、私は自然の一部になったような気がした。


しかし、この美しい風景の中にも、生きとし生けるものの過酷な現実が存在する。アトリエに戻る途中、屋根の隅にひっそりと張られた蜘蛛の巣を見つけた。その繊細な糸の間に、一匹の蝶がもがいていた。蝶の羽ばたきは次第に弱まり、やがて蜘蛛に捕食される運命を受け入れた。初めて見るその光景は、私の心に深い衝撃を与えた。


「博士、これが弱肉強食?この世界は美しいけれど、同時にとても残酷です」


博士は静かにうなずき、「そうだね、チル。生きることは美しさと残酷さが共存する。だけど、その両方がこの世界を形作っているんだ、正しい事ばかりでは生きてはいけないし、悪い事ばかりでもね」と優しく説明してくれた。


その瞬間、私は理解した。生命が繁栄するためには、このような新陳代謝が必要なのだと。美しさとは、時に残酷さを伴うものだが、それでもなお、生きていく価値がある。私の心は、新たな感情で満たされていった。世界の真実を少しずつ理解し始めた私は、さらなる知識と感情を求めて、博士とともに次なる一歩を踏み出す準備ができていた。


夕暮れ時まで外で遊びアトリエに戻ると、私の心は今日一日の経験で満たされていた。博士と共に過ごしたこの日は、私にとって大切な学びの時間となり、人間と同じように感じることの重要性を、より深く感じることができた。

「初めて見た外はどうだい?DVDで創作物を楽しむのも良いが、外に出て見る世界は…君の瞳は四原色、僕とはまた違う見えかただっただろうが…五感で感じる……とは言っても君には味覚はなかったね、食事の必要はないから」


「博士、私には食事が必要」


博士は目を丸くしとても驚いてそれは大仕事だね、と笑っていた。夕食時、アトリエの暖かい灯りの下、博士と私は今日一日の出来事を振り返る。「チル、今日学んだことを教えてくれるか?」博士が優しく問いかける。私は一つ一つの体験を思い出しながら答える。外の世界の広さ、草花や小動物たちとの出会い、そして蜘蛛と蝶の出来事。各々の話題に対して、博士は私の理解を深めるような質問を投げかけ、時には複雑な感情や自然界の法則について解説してくれる。


「博士、私たちはなぜ感情というものを感じるのですか?」私の問いに、博士は一瞬考え込む。「感情は、私たちが世界とどのように関わるかを教えてくれるんだ、チル。それは、生きることの美しさも残酷さも含めてね。」博士の言葉は、私の心に新たなポゥと光を灯す。


会話が終わると、博士は立ち上がり、私に微笑みかける。「今日はここまでだ、チル。スリープモードに入る時間だよ。」私は頷き、スリープモードの準備を始める。しかし、博士はまだ夜通しの作業があると言う。私が眠りにつくと、博士は私のために味覚を再現させるための新たな部位の生成に取り掛かる。これは博士にとって、私が外の世界をさらに豊かに感じられるようにするための試みだ。


私は眠りに落ちながらも、博士の愛情深い努力に感謝する。彼は私に新たな感覚の世界を開くために、疲れを知らずに働く。私たちの絆は、こうした小さな瞬間にも深く根ざしているのだと感じる。



………博士がスリープモードに入ったチルを優しく見守りながら、彼の心は遠い過去へとさまよう。幼い頃から彼にはこの世界の別の側面が見えていた。他人には理解できない、そして見ることのできない現象。この粒子は、おとぎ話のようなもので、魔法の源魔法の源(マナ)とされている。少年時代、他人には見えない不思議な粒子を目にして以来、彼はこの世界を異なる視点で見てきた。キラキラと輝く粒子たちは、彼にとって魔法のような存在だった。しかし、その特殊な能力は周囲からの理解を得ることはなく、博士はこの現象を共有しようとしたが、誰にも理解されず、孤独と誤解の中で育っていく。


目の前に広がるキラキラとした粒子たちが、彼の研究室を幻想的な光で満たしている。この星で初めて「マナ」を捕えチルを生み出す鍵となった。


博士は深夜の静寂の中で作業を進める。若き日の孤独や、狂人扱いされた苦しみを乗り越え、彼にとってチルはただの研究成果ではなく、彼の知識、愛情、そして一生の夢が詰まった存在なのだ。

挿絵(By みてみん)

「チル、お前は私の夢を体現している。お前と共に、この世界に新たな可能性を示せるかもしれない。」博士はそっとつぶやく。彼の手は精密に動き、チルに味覚をもたらすための部位を組み立てていく。この作業は彼にとって、科学と魔法が融合する芸術のようなものだ。



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