えっ……
その日の夜、帝国の要塞へと戻った。その前に、クミン族の宴でベロベロに飲まされたので、二人ともかなりいい感じに酔っ払っていた。ヤンも問答無用で連れ回され、迷惑千万だった。
「ジルバ大佐ぁ。これから、ロレンツォ大尉の下へ行くのですが、ご一緒しませんか?」
「クク……相変わらず君は性格が悪いな」
「そんな。ただ、事実を述べに行くだけですよぉ。圧倒的な事実をねぇ……ヒック」
二人は意地悪そうな笑顔を浮かべ合う。
数分後、ロレンツォ大尉の部屋にノックもせずに入る。
「うわっ! ど、どうしたんですか?」
「いやぁ。元気かなーと思って」
「おい、やめてやれよ。よくないぞぉ、シマント少佐ぁ」
「……」
なんだこのくだらない遊びは、とヤンは思った。完全に仲良しこよしの二人である。立ち位置としては、真面目なロレンツォ大尉をシマント少佐はイジり、ジルバ大佐が笑うという図式。なんだか知らないが、この二人はずっとこんなノリで過ごしてきたのではないだろうか。
本来、ロレンツォ大尉も派閥の一員なので、嫌いではないのだろう。むしろ、生真面目な彼をおもちゃにして楽しんでいる節があるので、人知れずロレンツォ大尉を尊敬しているヤンにとってはやめて欲しい限りだった。
「ところで、領地交換はどうでしたか?」
「ククク……貴様が逆立ちしてもできないほどの大功績を挙げてきたに決まっているだろう……ヒック」
「それなら、安心しました」
シマント少佐が得意げに答え、ロレンツォ大尉が胸をなで下ろす。この男はどこまで人がいいのだろう。これだけ無能な上官に対しても、キチンと心配しているなんて。
「まあ、私たちを見習って、頑張って、く・れ・た・ま・え、ロレンツォ中尉。まあ、もう私たちに簡単に話せない身分になるのだから、遠くから見守っているよ」
シマント少佐が彼の頭をポンポンと叩くと、ジルバ大佐が爆笑する。なんたる性悪。
「それで、どの領地を交換したんですか?」
しかし、ロレンツォ大尉は、そんなことは毛ほども気にせずに尋ねる。元々、あまり官職にこだわりがない性質なんだろう。どちらかというと、帝国のために尽力することを自身の満足感としているタイプなのだろう。
「聞きたい? 聞きたい?」
まるで、旅行に行ってはしゃぐ5歳児のごとく。シマント少佐は尋ねる。
「え、ええ」
「教えなーい!」
「おいおい、あんまりイジワルすんなよー」
大きくバツをして喜ぶシマント少佐に、全然止まる気のない制止をかますジルバ大佐。完全なる酔っ払いのノリで、正直、ウザい。
「……はぁ」
ロレンツォ大尉のため息が深い。
「仕方がないなー、教えてやるか。トゥルルルルルルルル……コリャオテ!」
「まあ、それは元々クミン族の土地だから仕方がないでしょうな」
「なんだ、面白くないな。もっと反応しろよー」
シマント少佐はロレンツォ大尉の頬をツンツンする。
「……それで、次は」
「お次はぁ――トゥルルルルルルルル……ナセフユ!」
「まあ、それもクミン族の土地でしたらから当然でしょうね」
「はいだからお前はダメー! 全然ダメー! こちらは両方ともジルバ大佐の土地でしゅよー。そういうところ気が利かないから中尉に落ちちゃうんでちゅよー」
赤ちゃん言葉で責めまくるシマント少佐を、もはや、ヤンは直視できなかった。そして、それでもロレンツォ大尉は平静である。恐らく、酔っ払ったら毎回同じようなノリなんだろう。
気持ち悪い限りである。
「でぇ! お次はぁ、――トゥルルルルルルルル……トゥルルルルルルルル、トゥルルルルルルルル、マ・ナ・タ・ヤ!」
「……えっ?」
その瞬間、ロレンツォ中尉の表情が変わった。
「あの、シマント少佐。今、なんて言いました?」
「耳も頭も悪いなぁ、お前は! ケネック中佐が管理している土地のぉ! マ・ナ・タ・ヤ!」
「……嘘ですよね?」
ロレンツォ大尉が聞き返す。
「嘘な訳ないだろ、ブワァーカァ! ねえ、ジルバ大佐ぁ!」
「うむ! 私が正式に調印した文書だ!」
ジルバ大佐は酔っ払いながら、紙を机に広げる。ロレンツォ大尉はそれを穴が空くほど見つめ、やがて大きくうなだれる。
「なんと言うことだ……大問題ですよこれは!」
「大問題? なんのことだ?」
「何を言ってるんですか! マナタヤには、第13代皇帝シルガーナ帝の墓があるじゃないですか!?」




