翌日
翌日、ヤンは起きた瞬間、陽の光が射していて唖然とした。
「な、なんで!?」
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。今まで寝落ちするような経験はなかったので、すでにかなりの時間が経過してしまったことに驚く。
昨日、帝国建国史を読んでいて、合間に食堂に行って、また部屋に戻って読んで――そこからの記憶がない。そして、全然本の内容が頭に入っていなかった。
ドンドンドン。
「おい! 早く準備しろ! もう時間だぞ!?」
「は、はい!」
朝からシマント少佐の不機嫌な声が木霊する。ヤンは急いで身支度を調え、外へと出る。
「申し訳ありませんでした」
「まったく……秘書官の分際で私に迎えに来させるとは。とんだ役立たずだな」
「……」
腹が立つが、その通りだから仕方がない。
「ほら、早くジルバ大佐のお迎えに行くぞ」
シマント少佐はそう言って、足早に歩く。ヤンはそれを急ぎ足でついて行く。しかし、上官は歩幅が大きく、半ば駆け足で走らざるを得ない。
「……」
今思えば。ヘーゼンは、その歩調をヤンに合わせていた。彼も異常なほどせっかちだが、特に意識することのないほど自身のペースで歩いていた。こんなところでも、目の前の上官との差が垣間見える。
しばらくすると、ジルバ大佐の自室が見えてきた。シマント少佐は、先ほどのノックとは異次元のしなやかなスナップで、扉を叩く。
トントントン。
「おはようございます。ご準備はできていらっしゃいますか?」
「ああ、もちろんだ」
出て来たジルバ大佐は、ジロッと一瞬、ヤンの方を見る。
「報告には聞いていたが、本当に子どもなのだな」
「商人のナンダルという者が幼少からクミン族の言葉を教えられていたそうです。あの男が、通訳のため秘書官としておりましたが、わ・た・し・が取り上げました」
シマント少佐はことさら、一人称に力を入れる。
「そうか。よくやってくれた」
「いや、私にとっては至極容易な事でしたが、ある意味大変でした。ロレンツォ大尉や他の中尉たちなど、こんな簡単なことを『できない』と喚き散らしていたんですから。本当に、私がいないと何もできないんだなぁと思います」
止まらない。シマント少佐のマウントがとどまることを知らない。ヤンが上官であったら、『それを含めてお前の管理だろ』と言ってしまいそうではあるが、ジルバ大佐は笑顔でうんうんと頷いている。
「さすがはシマント少佐だ。それで、領地交換の話だが」
「それが……申し訳ありません」
シマント少佐の表情が打って変わり、深々と謝る。
「上手くいっていないのか?」
「はい……ここはどうしてもというところがありまして。ジルバ大佐がお持ちになっているコリャオテ、ナセフユはクミン族固有の領土という事もあり、蛮族どもはそこはどうしても、と申されまして」
「なんだ、そんなことか。それは、致し方ないだろう。あそこは、元々彼らの土地だ」
「……っ」
シマント少佐が殊更に目を見開いて驚く。
「はぁああああ! なんという懐の深さ。やはり、大佐は全体を見ておられる。自身の領土にもかかわらず、なんと寛大なお言葉だろうか」
「ふっ……それよりも、他にどれだけの自領が切り取られるかが知りたい」
「あちらが提案してきたのは、マナヤタ、ラハカート、ゴルディアでした」
「なんだ。随分少ないな。それでは、即決を?」
「いえ。ラハカートは、ジルバ大佐の親戚のバヌエダ様がお持ちの土地でしたので死守いたしました」
「ほぉ……では、とられたのはマナヤタ、ゴルディアだけか」
「で、ございます。もちろん、この二つはケネック中佐派閥の土地になります。ウププ、ウププププーっ」
シマント少佐は頬を膨らませて喜ぶ。
「それは凄い。さすがはシマント少佐。仕事ができるだけでなく、交渉も上手なのだな」
「いえ、そんな。これもすべて日頃、ジルバ大佐が鍛えてくださるお陰です」
「……」
なんだ、この茶番は、とヤンは大きくため息をついた。




