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クズ


 アルゲイド要塞を出て。しばらくは、黙って歩いていたが、やがてシマント少佐はピョコピョコと辺りを飛び跳ねて喜ぶ。


「やった……やったぞ!? こちらの目論見よりも大分少ない。それに、指定された場所がまた、いい!」

「……」


 帝国は支配した領地の自治権を任せられる。コリャオテ、ナセフユはジルバ大佐派閥の領地だが、これは元々クミン族の領土であったから仕方がない。


 しかし、残りのマナヤタ、ゴルディアはケネック中佐の派閥が持っている土地ばかりだ。


「でも、もう少し考えた方がよくないですか?」

「あ?」


 シマント少佐は、煩わしそうに横柄な表情を向けてくる。会談が終わって用無しになった途端、この粗雑な対応である。かなり不快ではあるが、仕事と割り切ってやるしかない。


「だ、だって。敢えて、あの土地である理由がわからないんですもの。相手の意図が読み取れなければ――」

「お前みたいな子どもになにがわかるというのだ!? 大金貨10枚を支払って、あの男と同様賃金も支払っている。追い出されたくなければ、余計な事は言わずに黙って通訳に専念するのだな」

「……はい」


 さすがに追い出されるのは困るので渋々従う。


 シマント少佐は『女を抱きに行く』と街へと繰り出してしまった。ヤンの軽蔑する眼差しなど、気にも止めずにスキップをしながら消えていく。


 帝国の要塞に戻って、ため息をつきながら廊下を歩いていると、向かいにヘーゼンが歩いてきた。


「君の予測を遙かに超える、生粋のクズだっただろう?」

「……っ」


 ヤンが思わず目を向けると、ヘーゼンはニヤニヤしながら笑っていた。図星。図星過ぎて悔しい。


「交易などをやっていて、君なりに人の見る目は磨いているつもりだったか? あいにく、貴族というのは、もっと複雑だ。商売とはかけ離れた狂気と異常な価値観の巣窟なのだよ」

「……戦場の最前線にいる少佐なのだから、もっとまともかと思ってました」

「自分を責めることはない。私もここに来る前は、そう思っていたからな。しかし、この要塞は少し他とは事情が異なっていたようだ」

「どういうことですか?」

「この地は長い間、戦が絶えない。それは、事実だ。しかし、それは安定した膠着状態が起きていると言うことだった」

「安定……」


 最前線が安定などと言うのもおかしなものだ。だが、ヘーゼンの言うことは不思議と説得力があった。


「だから、せいぜい小競り合い程度の規模の戦だ。要するに互いに攻める気などなく、領土拡大というノルマを達成するためだけにクミン族の土地を切り取るくらいしかすることがない。戦うのは下士官ばかり。上層部にとっては、ある意味、平穏と勘違いするほどの安定だったのだろう。そして、その現象は、彼らの緊張感をなくさせ、腐敗を齎した」

「……」

「まあ、それにも増してモスピッツァ中尉やあの男は更に酷い。どこにでも一定数のクズはいるが、あの二人は特に救いようがない」

「……でも、モスピッツァ中尉は出世できなかったじゃないですか」

「あれは、上級貴族第16位の『烈礼』だからな。シマント少佐の貴族位は第7位の『我西』。それは、この要塞で第一位だそうだ。例え、能力がなくたって、やる気とコネで少佐待遇まではいけるのだろう」

「そ、そんなもんですか?」

「そんなものだよ。だいたい、管理業務というのは、部下の功績が自身の功績となる。よって、評価が難しい。特に将官は初めから少尉待遇だ。まあ、性格も高圧的だから、その部下も従わざるを得なかったんだろう」

「……」


 ものすごく、わかる、とヤンは同意する。


「上級貴族。中間管理職。無能。陰険な癖に威圧的。おおよそ、性根の腐った人間になる典型的な条件が揃っている。まさしく、クズの奇跡と僕は呼んでいるがね」

「……」


 どうしよう……全然、可愛そうじゃない。むしろ、絶対にその通りだとヤンは思った。


「まあ、契約魔法で縛られてるのだから、せいぜい無能な彼を支え続けるといい」

「わ、わかってますよ」


 無能な雇い主とは言えど、こちらはシマント少佐の意に反する行為は禁じられている。すなわち、ヘーゼンの思惑を超えないといけない。


「あっ、そうだ。すーの部屋に地理に関する本はありません?」

「……あるが、まさか貸してと言ってくるのではないよな」

「い、いいじゃないですか。減るものじゃないし」

「はぁ……呆れたな。僕に勝つために、僕に助けを求めるのか?」

「助けなんて期待してません。貸すくらい、いいじゃないですかと言ってるんです」


 契約魔法上も問題ないはずだ。こちらは、ヘーゼンに勝つのではなく、シマント少佐を助ける目的なのだから。


「はぁ……君の図々しさを見ていると、どこかの誰かを思い出すな。わかった、来なさい」


 ヘーゼンは、ため息をついて自室へと戻った。



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