バルマンテ皇子
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「にゃはははー! 今、帰ったぞー!」
茶髪の若者が、酔っ払いながら千鳥足で帰ってきた。彼は自身の邸宅に帰るや否や、豪奢なソファにダイブした。
皇位継承順位第6位のバルマンテ皇子である。
「はぁ……また、帝都の歓楽街に行って来たのですか?」
星読みのリセロラが、ため息をつく。授業をサボられた黒髪の長身美女は、呆れながら細いくびれに手を添える。
「帝国国民の暮らしを知るのも皇子の勤めだー。あそこには、情報がよく集まる。リセロラも今度行くかー? はははははっ」
目をパチクリしながら、仰向けになり陽気に笑う。
「バルマンテ皇子……少しはやる気を出されてはどうですか?」
「ん?」
「前々から申しておりますが、あなたは魔力、武術に非常に秀でております。ですが、私の授業をサボれば、必然的に順位を下げざるを得ません」
星読みは各々の皇子に付き従い、皇帝になるための教育を施す。これは、皇位継承順位における大きな要素の1つだ。
10年ほど前から、バルマンテ皇子はロクに星読みの教育を受けようとはしない。
リセロラが家庭教師となり1年ほど経過したが、真面目に授業を受けたことなど数えるほどしかない。
「ははははは! 無駄無駄、エヴィルダース皇太子やデリクテール皇子がいるじゃないか」
バルマンテ皇子は、手をプラプラとさせておどけた表情を浮かべる。
「皇帝へ至る道のりは並大抵のものではありません。そのための皇位継承順位です。いつ、何が起こるかがわからないので、いついかなる時も皇帝になる準備が必要なのです」
「ほぉ……要するに、2人の兄を殺して、血塗られたた皇帝になれ、と?」
茶髪の青年は、ゴロンと横になり、右手で頭を支えながら、興味深げに黒髪の長身美女を眺める。
「そんなことは言ってません。また、滅多な言葉をお使いにならないようお願いします」
「はー。やはり、そなたは、からかい甲斐がないな」
「私は、皇帝になるための心構えを言ったのです」
話をはぐらかすのは、いつもの手だ。最近では、まともに話を聞くことの方が少ない。
「別に、皇帝なんかになりたくないね」
「……その発言は、聞かなかったことにします」
星読みのリセロラは、厳しい表情で深々とお辞儀をし、去って行く。
「……ふぅ。どうやら、怒らせてしまったようだな」
その後ろ姿を見送った後、バルマンテ皇子は小さくため息をつく。
「……」
「ドリュー、疲れてるんだったら、部屋に戻って眠っていいぞ?」
「あっ……えっ……そっ……わっ……ごめっ……あっ……そっ……ごめんなさぁい!」
筆頭秘書官のドリュー=ミスティスは、慌てふためきながらお辞儀をする。彼女の年齢は22歳で、バルマンテ皇子と幼馴染でもある。
「何か変わったことは?」
「あ、あ、あの! へーゼン=ハイムから面会の申し出が」
「……あの化け物から」
ヘーゼン=ハイム。反帝国連合国戦の実質的な立役者だ。アウラ秘書官の策略で閑職に追われ、その人気は下火にはなったが、あの武聖クロードを屠った者として、反帝国連合の国々からは最も畏怖されている存在だ。
「そ、そ、そんなにもヤバい人なんですか?」
「……噂では、帝国滅亡を示唆し、脅し、莫大な褒賞を踏んだくったと言われてるな。また、あの気位の高いエヴィルダース皇太子に土下座させたとも」
「あっ……えっ……おっ……そっ……やっ……ばっすぎじゃないですっ!?」
ドリューがドン引きしながら、慌て驚く。
「謁見の申込みいつだ?」
「こっ、今晩です」
「……よし」
バルマンテ皇子は、ソファから立ち上がって大きく伸びをする。
「断れ」
「あっ……えっ……そっ……わっ……ええええ? そ、そんな危ない人でしたら、強引にでも会いにくるのでは?」
「だろうな。だから、我は再び歓楽街へ行く」
「あっ……ちょ……ちょ待っ……ちょ待っ……えええええええええっ!?」
慌てふためくドリューを尻目に、バルマンテ皇子は逃げるように自身の邸宅から出て馬に飛び乗った。
数時間後、帝都歓楽街に到着した。上級貴族の格好で、いかにも、遊び慣れた感じで歩き出す。
「おっ、レグラス様! 今日はまた、来たのですか?」
馴染みの客引きが声を掛けてくる。レグラスという名は、バルマンテ皇子の裏の名前だ。彼は夜な夜な、歓楽街を練り歩いては、店に入って酒を愉しんでいる。
「まあなー。ちょっと、会いたくないヤツがいてな。どうだ、最近は?」
「最近、ノリに乗ってる支配人がいましてね。その店は、どうですか?」
「いいねぇ。そこ、連れて行ってくれ」
バルマンテ皇子は、ノリノリで客引きの後について行く。長年の付き合いだと、こちらの好みの店もわかってくれているので、楽だ。
店は、豪奢で煌びやかな店だった。一流のVIPが集うと言うよりは、金のない下級貴族が、なけなしの財産を絞り出して、憂さ晴らすような感じだ。
「気に入った。ここにしよう」
「へへっ! 毎度」
バルマンテ皇子は、客引きにチップを渡して中へと入る。
「……ん?」
予想に反して、店内はガラガラだった。
唯一座っていたのは、黒髪の青年。
彼は、スッと立ち上がって振り返り、満面の笑みを浮かべた。
「どうも、バルマンテ皇子。初めまして……ヘーゼン=ハイムです」




