死闘
「くっ……」
この緊急事態に、なんたるクソジジイ。ヤンの身体の中に居候している癖に、ぜんぜん言うことを聞いてくれない。
「た、頼みますよ。相手は、あの四伯なんですから」
「……四伯?」
ピクッと、グライド将軍が反応する。
「久しいな。噂には聞いていたが、まさか、本当に救国の英雄、グライド将軍を召喚するとは」
カエサル伯が、殺気を全面に出しながらも、懐かしげな表情で語る。
一方で。
「……誰じゃったっけ?」
「ダメだボケてる!?」
ヤンは、深く、ガビーンとする。四伯と死闘を繰り広げていた記憶が残っていれば、積極的に戦ってくれる目もあったのに。
代替手段として、ヤン自身がグライド将軍の魔力を制御して戦うこともなんとか可能だ。
だが、その場合は著しく魔力を消費して意識もそちらに取られるので、できれば自発的に敵認定して欲しかったのだが。
膝から崩れ落ちて、全力でうなだれたい気分だ。
だが。
グライド将軍は、ジーッとカエサル伯を見てつぶやく。
「ところで……なーんか、ヌシ、精悍な顔つきをしとるの……強そうじゃし、高貴そうじゃし、未来が明るそうじゃの? 気に入らないんじゃが、ワシ」
「ナイス老害!」
どうやら、カエサル伯の有能さが伝わったらしい。このジジイは、とにかく前途明るい若者が嫌いだ。目の前にいるのは、確かにヤンやイルナス皇子よりも有望そうに映る。
老害が功を奏した。
「やりましょう! カエサル伯の未来を、ズッタズタにしてやりましょう!」
「カッカッカッ! 任せておけい」
ノリノリの老害クソジジイは、火炎槍と氷絶ノ剣を構える。
そして、ヤンもまた牙影を構える。
「そうか……要するに死にたいのだな、貴様は」
「ひっ」
カエサル伯の威圧感が、先ほどよりも、数段高くなる。これが、帝国最強と謳われる四伯の殺気。
だが。
「カッカッカッ! 懐かしいのぉ! ほいほいっと」
歴戦の老害に恐れはない。
なぜなら、老害だから。最近の若い者に負ける訳などない、自分はまだまだやれると思い込んでいるのだ、とヤンは勝手に推測した。
グライド将軍は、火炎槍と氷絶ノ剣を壮絶に振り回す。威力を凝縮して放ったからか、その範囲は狭いが、より強力な炎、そして、より圧縮された氷が襲いかかる。
「しゃあああああああああっ!」
獣化したカエサル伯は、高速の足運びでそれらを躱す。狼の数倍以上の巨体でありながら、神速の身のこなし。
「ええいっ!」
一方で、ヤンは牙影を振るい、風影を大量に発生させる。数発、カエサル伯に命中したが、速度を若干落としただけでダメージはない。
「な、なんて耐久力」
5等級の業物の攻撃では、傷つけることもできないのか。なんとも、恐ろしい男を敵に回したものだ、とヤンは改めて思う。
だが、老害に恐れはない。
「かっかっかっ! オラオラオラオラ! いくぞ、ひよっこおおおぉ!」
「くっ……」
さすが。性根も肉体も腐ってはいるが、救国の英雄。火炎槍と氷絶ノ剣で、獣化したカエサル伯と互角の攻防を繰り広げている。
だが……
「これじゃ、ダメだ」
ヤンの悔しげなつぶやきを聞いたかのように、蒼ノ狼と化したカエサル伯は、グライド将軍から距離をとって形態を変える。
「獣化ーー暁ノ鳳凰」
瞬間、炎の柱が天空に立ち昇り、雄々しい翼を持つ巨大な幻獣が現れた。軽やかに上空へ舞う鳳凰は、やがて、歪な軌道で落下を始める。
「かっかっかっ! いい度胸じゃ……氷竜」
グライド将軍は、氷絶ノ剣で氷で型取った竜を召喚する。そして、それを鳳凰と化したカエサル伯へとブチ当てた。
「……っ」
炎と氷。
壮絶な衝撃音が発生するが、鳳凰と化したカエサル伯が氷竜を突き破って、向かってくる。
「すまん……かき消されちゃった」
「……っ」
ショボンと、悲しそうな顔をするグライド将軍に、ヤンのガビーンが止まらない。
そっくり。かつてノクタール国にいた時、若いヤンに公然と論破、指摘されて、シュンと落ち込んでいたあの老害どもにそっくりだ。
肝心な所で、役立たず。
だが、これは、ある意味で当然の結果とも言える。
カエサル伯は、獣化で様々な形態に変身が可能だ。相手の性質に対応するための魔獣へと姿を変えることができるのだ。
一方で、グライド将軍の属性は炎と氷。相反する属性を扱うことで、対応できる属性は多いのだが、より強い炎、氷属性の敵と対峙した時には、その力は半減する。
「……っ」
そして、そんな考察をしている間に、鳳凰が猛烈な勢いで飛翔してくる。相当な高温で、周囲数メートルがドロドロと溶けていくほどの熱だ。
だが、こちらにも、まだ手はある。
「ライエルドさん、出撃です!」
ヤンは、左手で雷帝の幻影体を出現させる。
「ゴホッゴホッ……がはっ!?」
「久しぶりの登場なのに死にそうになってるー!?」
ガビーンと。
相変わらずのガリガリ老人の幻影体は、咳とともに大量の血液の幻影体を吐く。
雷帝ライエルド=リッツ。以前、砂漠で魔杖『雷轟月雨』に触れてから、ヤンの身体の中に入り込んだ虚弱体質のジジイだ。
「だ、大丈夫なんですか!?」
「……ゴホッゴホッ……ワシに任せ……グボォエエエエエっ!?」
「なおさら、めちゃくちゃ血吐いたー!?」
幻影体のくせに、虚弱。ヤンは再びガビーンとする。その吐いた血液すらも幻影体で、何が何やらよくわからない。
そして、そんな不毛なやり取りを待ってくれる訳もなく、鳳凰は高速で地を這いながら飛翔し突っ込んでくる。
「あーもーダメだ終わっーー「ゴホッゴホッ……雷獣」
ライエルドが咳をしながら唱えると、ヤンの全身に電気が纏い歪む。もはや、人の形ではなく、まるで、自身が雷と同化したかのように。
次の瞬間。
「どえええええええええええええっ!?」
景色が静止した。高速で飛翔するカエサル伯がが……まるで、時が止まったように。
「ぶはぁ……」
気がつけば、雷と化した身体は悠々と移動して離れ、カエサル伯の視界から完全に外れた場所へと到着する。
「くっ……どこだ!?」
カエサル伯が完全にヤンの姿を見失っている中、ヤンの隣にいる病弱な老人が雷轟月雨を翳す。
「ゴホッ……ゴホッ……雷嵐」
雷帝ライエルドが咳をしながらボソッと唱えると、瞬く間に空から雲が発生し、大量の雷がカエサル伯に落ちる。
「ぐあああああああっ!」
カエサルは、感電して絶叫をあげる。
「さすが、ライエルドさん! グライド将軍、今です!」
「かっかっかっ! 任せておけい、弱ってる若者に、容赦なき世間の荒波を叩き込んでやるぞ、ワシ」
「老害すぎる!?」
ガビーン、だが、ナイス。グライド将軍は、ここぞとばかりに巨大な氷竜を召喚して、電撃を喰らって動けないカエサル伯に向かわせる。
「いっけえええええええええっ!」
「獣化ーー玄武」




