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エヴィルダース皇子(2)


「あん……ごらぁ……」


 エヴィルダース皇子は、訳がわからなかった。目の前にいる星読みの老婆が、何を言っているかが、まったく。


 自分を超える皇族などいるはずがない。


「誰だ!? 誰がその不正をしたのだ!? が徹底的に暴いて、白日の下にさらしてやる!」

「申し訳ありませんが、他候補者の情報は、任命式まで教えられません」

「な、なんだとっ!」


 エヴィルダースは胸ぐらを掴んで、シャバールを殴ろうとする。


「……っ」


 しかし、彼女はまったくと言っていいほど動じなかった。むしろ、乾いた侮蔑の笑みを浮かべ、なお淡々と語りかける。


「皇子。星読みに対する暴力は不正と見なされ、皇位継承順位が落ちることを知っているでしょう?」

「……っ」


 ブルブルと震えながら、元皇太子は拳を下ろす。そして、『落ち着け、落ち着け』と心で何回もつぶやきながら、なんとか自制しようとする。


 星読みに手を出すのは最大の悪手だ。自分はそのような愚か者じゃないと、感情を必死で抑えた。


「……すまなかった。では、聞かせてくれ。1位には……皇太子の地位が与えられた者には、何人の星読みが投票した?」

「12人です。唯一グレースだけは、あなたに投票しました」

「……っ」


 エヴィルダースはめまいを感じた。ほぼ全員の星読みが投票しているのならば、もはや判断を覆返す術はない。


 前に執り行われた真鍮の儀では、派閥の大半を掌握したエヴィルダースでさえ、3分の2の得票数だった。それを覆して、圧倒的な票を得るなど、尋常な事態が起きていることは間違いない。


 なんとか、皇太子の地位の者を見つけ潰さなくては。目下、一番怪しいのは元々2位であったデリクテール皇子だが。


「……いや、ヤツはない」


 デリクテール皇子の成長期は、もう過ぎている。派閥の勢力差も以前よりも大きく開いたこの状況で、星読みのほぼ全員がヤツに票を入れるなどあり得ない。


 とすれば、3位以下だった者で、魔力的な成長期が来ていない者が濃厚だ。とすれば、3位のルーマンか、5位のナダルがめぼしいところか。


「あっ……ぐぁらぁ……」


 エヴィルダースは激しく後悔した。


 あんなイルナス(おもちゃ)で遊んでいたいたばかりに。


「あん……ぐっ……がっ……」


 血が滲むほど、ギリッと歯を食いしばる。皇位継承候補は、全員高貴な血を持つ。一部、イルナス(おもちゃ)などのような無能ゴミクズはいるが、基本的な潜在魔力は高い。


 かつて、皇位継承候補1位だったユルゲルも、すさまじい魔力でエヴィルダースを軽々と超す魔力を持っていた。


「……落ち着け……落ち着け……落ち着け……大丈夫だ……大丈夫……大丈夫」


 ()()()()()()()


 いや、エヴィルダース皇子は天空宮殿内における勢力差を拡大してきた。あの時よりも、遥かに自分のほうが有利なのだ。


「……マリンフォーゼ、祝いはまた今度だ」

「は、はい。では、次の機会に……ご機嫌よう」


 彼女は、逃げるように部屋を去った。だが、そんな様子を気にすることなく、エヴィルダースはすぐに筆頭秘書官のグラッセを呼ぶ。


「おめでとうございます、エヴィルダース皇太子」

「……っ」


 開口一番。


 彼はお祝いの言葉を述べる。この場で、胸ぐらを掴み、マウントを取り、飽きるまで殴りたい衝動に駆られるが、今はそんな場合ではない。


「……グラッセ。今から言うことは、誰にも言うな。いいか、誰にもだ」

「はい」

の皇位継承順位は2位だった」

「……っ」


 グラッセもまた、エヴィルダース皇子と同様に、取り乱した様子を見せる。だが、瞬時に気を落ち着かせて「なるほど」と飲み込む。


「すぐに、他候補者全員と社交を行う。皇位継承順位の高い順番からだ」

「イルナス皇子もですか?」

「やつはいい。今はそんなことをしている場合ではないからな」


 絶対にアイツだけはないと、元皇太子は確信していた。任命式まで時間はあまり残されていない。それまでに、皇太子に内定された者を見つけなければ、自分がどう立ち回ればいいのかもわからない。


「……」


 エヴィルダース皇子は、爪をガジガジと齧りながら考える。


 もちろん、5年後には再び真鍮の儀式がある。しかし、皇帝レイバースも、もう高齢だ。今回選ばれた皇太子が次期皇帝の可能性が一番高いと言われている。多少の危険を冒したとしても、なんとしても次期皇太子を潰さなければいけない。


「……くっ」


 母のセナプスが心配だ。


 エヴィルダースは、呆然としたまま固まっている彼女をチラッと見た。今は、元皇太子であった自分を応援しているが、彼女は自分だけの母親ではない。


 下に第3位のルーマン、4位のドナナも彼女の息子たちである。もし、この2人が皇太子に内定されれば、彼女の感情がどうなるかまったく想像がつかなかった。


「母様。今度、ルーマンとドナナと食事をしましょう。今回の真鍮の儀のことで、いろいろとお話ししたいですし」

「……わかったわ」


 情報漏洩を防ぐために、皇位継承順位の通告者の重複は禁じられている。元皇太子だったエヴィルダースに優先指名権があるのだ。


 彼が母親を通告者に選んだことで、残りの2人は母親を選べなくなった。第一であれば、エヴィルダース皇子の順位がわかり、そうでなければエヴィルダース皇子が皇太子の座を追われたことがバレない。


「……落ち……つけ」


 慎重に立ち回らなければ。


 2位じゃ駄目だ。


 2位じゃ絶対に駄目なのだ。


 皇太子になれなければ、これまで自分が努力してきた5年間が……いや、生涯が全て無駄になってしまう。どれだけ派閥が大きくとも、血筋がよくても、武芸が優れていても関係ない。


 皇帝以外の者に従うなど、絶対に我慢ができない。


「なんとしても……なんとしても……」


 一瞬の時すら惜しいと、エヴィルダースは思った。


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