謹慎
ジルバ大佐の問いに対し、ロレンツォ大尉は、冷静に答える。
「……私たちができるのは、ヘーゼン少尉の不敬罪を見送ることだけではないでしょうか?」
「正気か?」
ジルバ大佐が目を大きく見開いて睨みつける。
「皇帝陛下のためを思えばこそです。確かに味方にするのは危険すぎる男です。しかし、敵にすることの方が遥かに脅威になるでしょう」
「くだらない! この広大な帝国が、一人の男すら敵に回せないだと!?」
シマント少佐が叫ぶ。
「ヘーゼン少尉はギザール将軍を一騎討ちで叩きのめしました。少なく見積もっても、ディオルド公国の大将軍以上の実力を持っています。決して大袈裟な話ではありません」
「臆病者が! ジルバ大佐、こんな者に重要な交渉が任せられるはずはありません! 私が後を引き継ぎます!」
「……シマント少佐。任せられるのか?」
「必ずや」
「わかった。ロレンツォ大尉、君は謹慎処分。ヘーゼン少尉の処分は、追って考えるが、それは極刑を前提としたものであることに変わりはない」
「……わかりました」
「シマント少佐。停戦交渉は取り敢えず、ヘーゼン少尉抜きでやってくれ。そして、あの男の息がかかった者は使うな」
「わかりました! 必ずや」
「すまないな。この件が成功したら、君を中佐……いや、私の待遇次第では大佐に推薦しておこう」
「ほ、本当ですか!?」
「もちろんだ。当面は、ケネック中佐が謹慎になり、君に中佐業務までをやってもらわなければならない。苦労をかけるがよろしく頼む」
「はい!」
シマント少佐は元気のいい返事をする。ロレンツォ大尉は無表情でお辞儀をして、部屋を退出する。廊下を歩いて自室へと向かうと、部屋の前にはヘーゼンが立っていた。
「どうした?」
「いや、大変ですね。無能な上官とは、敵よりも厄介なものだ」
「聞いてたのか?」
「いえ。でも、そうなのでしょう?」
「はぁ……ここにいるところを見られるとまずい。私の部屋に行こう」
ロレンツォ大尉は深いため息をつき、自室へと入った。
「私はこれから謹慎になる。あまり君といるところは見られるとまずいので、ここには来ないように」
「わかりました」
「当面、君の身柄が拘束されることはないと思う。バカな真似はしないように釘を刺しては置いたが、こればかりはわからないな」
「ありがとうございます。助かります」
「助ける? 勘違いしてるようだが、私は彼らを助けたいのだよ。そして、私の身もな」
下手にちょっかいをかけると、彼らが負けることは目に見えている。その度に、仲介に入るのでは身が持たない。
「クミン族との領地交換案。本当に君の名を出さなくてもよかったのか?」
「出せば、受け入れられない可能性がありますから。その様子だと、しっかり乗ってくれたようで安心しました」
「……彼らは君を外そうとしているぞ?」
「ご自由に。やれるのなら、別に誰がやったっていい。それが上官の権限ですから」
「やれない理由があるのか?」
「それは言えません」
「なぜ?」
「あなたが優秀な帝国軍人だからです」
「……」
ロレンツォ大尉はその褒め言葉を警戒する。今後もこの男の発言にはある程度のフィルターを持たなくてはいけない。ある意味で、ジルバ大佐やシマント少佐などよりも心許せない怪物なのだから。
「仮に、私があなたに言えば、あなたは帝国にとって最適なのかを判断して行動しようとする。それは、あなたの立場を危うくするかもしれない」
「ヘーゼン少尉。発言には気をつけたまえ。帝国軍人が帝国のために行動することは当然の責務だ」
「もちろんです。ですが、あなたが思う帝国のための最適解と私が思う最適解は異なります」
「……私もまた無能だと言うことだな」
「違いますよ。あなたはご自身をいつも犠牲にしようとするところがある。実際のところ、私はあなたに守られなくても、彼らに拘束されない手段など準備してました」
「……」
「しかし、あなたは謹慎の憂き目にあった。帝国のためを思った進言かもしれないが、無駄に上官の評価を下げたことになる」
「辛辣だな。やはり、無能だと言うことではないか」
「そうではありません。実直なだけです」
ヘーゼンの答えに、ロレンツォ大尉は不思議な感情に襲われる。彼の言い方は、まるで引退間近の教師が、子どもを褒め称えるかのようだ。しかし、あり得ない。ヘーゼンは18歳であり、ロレンツォ大尉より10歳歳下だ。
「……君から言われると、変な感じだな。だったら、次に私が言うことがわかるかな?」
「いえ。私は実直ではありませんから」
「とにかく、ここ数日は疲れた。謹慎中に胃の痛くなるような行動は慎んでくれ」
「まあ、聞いておきましょう。ただ、謹慎中の発言ですので、参考までと言うことにさせてください」
「……ふっ」
その発言を聞いて、多分無理だなと悟った。




