ヘーゼン=ハイム(11)
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ヘーゼン=ハイムは嘘をつく。
破門された元弟子は、そう語る。そして……その嘘は見破ることが非常に困難だとも。
どこから仕掛けていたのか?
戦闘前……魔長6人を葬りさる前……ベルモンド要塞に入る前……それとも……
「ここに到着した時からだよ」
「……っ」
武聖クロードの疑問符に答えるように、ヘーゼンは不敵に笑う。
この場にいる全ての者に宣戦布告をした時点で、すでに種は巻いておいた。真時空烈断の不吉な音……このインパクトが全員の脳裏に植え付けられ、以降は音が鍵となると思い込ませた。
しかし、実際には違う。
ヘーゼンの持つ魔杖『空蝉ノ声』は、範囲内であれば、音を自在に移動させることができる。
あらゆる罠を張り巡らせている。
ヘーゼンは、全員に見せつけるように派手に戦い、幻光夜鏡が、さも、彼らの想定し得る能力であるかのように演技した。
武聖クロード、魔戦士長オルリオ、魔軍総統ギリシア……いや、誰もが見ている目の前で。
幻光夜鏡の能力は3つ。
1つ、幻影体が出現したと同時に、自身の姿と気配を完全に消すことができる。2つ、幻影体が消滅すると、実体が姿を現す。
ここまでは武聖クロードの読み通り。
だが、3つ目は違う。対象者が見た幻影体を、指定した相手に映し出すことができる能力だ。
『音』に関しては、ヘーゼンが仕込んだ罠。敢えて特定の幻影体に仕込み、条件付きでなければ音が出せないように思わせた。
魔杖の誤解釈。ヘーゼンの狙いは、最初からそれだった。
道筋は作った。
あとは、武聖クロードが誘導した結論まで行き着くのを待てばいいだけだ。人権ノ理の能力は、至極単純な身体能力向上だ。
超視力で嘘を見破る能力があることは容易に想像ができた。
一度、真実だとみなし、思い込めば、もう疑うことはない。特に、武聖クロードは、幾万の人を観察して、嘘を見破る術を得た。
表情から、仕草から、癖から、その人の行動を読むことで、自身の習得した技に絶対的な自信を持つ。
一方で。
ヘーゼン=ハイムは、心すらも読む相手と死闘を繰り広げてきた。それ故に、嘘を嘘と認識しないような反応は、自然に身についていた。
経験値の差だ。
嘘を見破ることができると確信し、それを疑わなかった者。一方で、幾人もの嘘を見破る強者と戦い、生き残り、踏み躙り、頂に立つ者。
罠は至極単純なものだった。
痺れて動けない魔戦士長オルリオを、別の場所へと移動させ、指の鎖ほどしかない小さな魔杖『空蝉ノ声』で、ヘーゼンの呼吸音を巧妙に紛れ込ませる。
「ぬ、ヌシの動きには注意を払っていた。魔戦士長オルリオを移動させるような魔法を使う隙はーー」
「僕じゃないよ」
「……っ」
瞬間、武聖クロードは、一筋の汗を流す。
彼の思考の外にいた存在……やっと、ジオラ伯のことに気づいたらしい。彼の魔杖、大地ノ理をもってすれば、そのような芸当が至極容易なことに。
「僕は勝つためなら、多数で1人を蹂躙することを厭わないからね。使えるものは、使わせてもらう」
加勢を頑なに断る性格を演じたことで、武聖クロードは疑いもしなかっただろう。不遜で傲慢な振る舞いをするヘーゼン=ハイムと言う人間を確定し得るには、それで十分だった。
ヘーゼンは戦闘の時に、さまざまな角度から分析する。性格や能力だけではなく、思想、信条、考え、経験値など、彼らの生き方やその会話などで、できる限りその要素を引き出す。
「自身の経験則を至上のものとするあなたの価値観は、揺るがすのは難しい。だからこそ、一度でも誤らせれば、後は省みることはなく真っ直ぐに進むだけだ……すなわち、警戒するのは、最初だけ」
あくまで、武聖クロードが考えるヘーゼン=ハイムの尺度で、あり得る事象を当て嵌める。差し出された餌に食いつけば、もはやそれを離すことはしない。
「他の違和感には本能的に目を瞑る。騙すのは、至極容易だったよ」
「……カッカッカッ! 見事……こりゃ、見事にハメられたわい」
「……」
「で?」
武聖クロードは、豪快に笑い尋ねる。
「小賢しい……いや、小賢しすぎる魔法使いであることはわかった。だが、それだけだ」
「……」
「ヌシの強さが、ワシを上回った訳じゃない。魔戦士長オルリオがいなくとも、負ける気がせんな」
「はぁ……やはり、勘違いしてるな」
「何?」
ヘーゼンは小さくため息をつき。
武聖クロードは、怪訝な表情を浮かべる。
「僕が怖かったのは、魔戦士長オルリオの回復力だけだ。長期戦になれば、ズルズルと魔力の消費をすることになるからね」
魔戦士長オルリオが喰らった打撃は、人体の回復を致命的に遅らせるものだ。暗黒ノ理と言えど、すぐに戦線復帰はしないだろう。
「……ワシなら、容易に勝てると?」
「そう言っている」
「クッ……カッカッカッカッカッカッカッカッカッカッ! 面白い! 小器用なだけの魔法使いがワシに勝てるものなら勝ってみろ!」
白髪な老人が、不敵に笑う。
一方で。
「ククク……」
黒髪の青年もまた、確信めいた笑みを浮かべ。
手におさまった魔杖の銘をつぶやく。
「修羅ノ掌」




