ヘーゼン=ハイム(9)
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魔戦士長オルリオは、激昂していた。この男は、これまで、真なる理に選ばれたことを史上の誇りとしてきた。
そして……絶対君主たるランダル王の右腕たることを、最上の勲章として生きてきた。当然、それに見合った研鑽も怠ったことはない。
魔長どもとは違う……自分は選ばれた存在だ。
真なる理の魔杖は、強者しか選ばれない。誉れ高き狂信者は、魔杖に食い潰された半身を嬉々として黒に染め上げる。
「黒衣ノ装」
その禍々しき闇の腕は、溢れんばかりのエネルギーに満ち満ちていた。
「火竜ノ灼熱」
ヘーゼンは、避ける隙間のないほどの広範囲の炎を魔戦士長オルリオに向けて放つ。
「グハハハハハハハッ! 取るに足らぬ威力だな」
灼熱の炎を浴びつつも、黒衣ノ装を纏った魔戦士長オルリオは心地よさげに叫ぶ。
「五月雨ノ黒槍」
魔戦士長オルリオが、自身の身体から無数の黒く尖った槍状の斬撃波を発生させる。
ヘーゼンは、縦横無尽に飛翔し、それらを躱すが、その動きの先に武聖クロードが飛び上がっていた。
「……っ」
「飛び上がればよい……羽などなくともな」
精悍な老人は、瞬時に数千発の拳を見舞う。
だが。
幻光夜鏡。
ヘーゼンの幻影体は消滅し、別の場所へと出現する。
「……なるほど。厄介な魔杖じゃの」
武聖クロードは落下しながらつぶやく。
「瞬光戦弓」
へーゼン=ハイムは、すかさず、弓型の魔杖を構えていた。柄の部分以外は、光で型取られた大弓である。超長距離の光属性の矢を一撃を放つ。
「カッカッカッ! 甘いわ」
「……っ」
放たれた光の矢を。
武聖クロードは、こともなげに素手で掴む。それは、おおよそ肉眼で捉えられるものではない。
「策士らしい小癪な戦い方をしとるの。それに、幻光夜鏡という魔杖の特性もわかってきた」
「……」
先ほどの戦いを、武聖クロードもまた観察していた。幻型の複雑な魔杖だが、当然一定の法則がある。
「1つ、幻影体が出現したと同時に、自身の姿と気配を完全に消すことができる。2つ、幻影体が消滅すると、実体が姿を現す。3つ、幻影体に音、気配までも持たせるためには、対象が同じ動きをしなければいけない……当たってるかの?」
「……」
「カッカッカッ! ワシに演技は通じないぞ」
超視覚。武聖クロードは人権ノ理によって、異常な五感能力を発揮する。その超常的に向上させた視力で、微細な筋肉の動きまで見逃すことはない。
人は取り繕う時に、必ず表情を変える。
それは、幾万もの人間を見てきた武聖クロードの膨大な経験則である。そして、ヘーゼンの微妙な色彩の揺らぎから、この仮説が当たっていると確信をした。
先ほど、6人の魔長を一瞬で消滅させた真時空烈斬。武聖クロードや、魔戦士長オレリオと言えど、この一撃を喰らうのは、かなり痛い。
だが、真時空烈斬ほどの魔法を使うためには、膨大な溜めがいる。そのことに注意さえしていれば、容易に喰らうことはない。
「……」
地面に降り立ったヘーゼンは、飛翼ノ風を、新たな魔杖に持ち替える。
「ククク……飛翔することの有利を捨て、両手持ちの利を取ったか。無駄な足掻きだ」
間髪入れずに、魔戦士長オルレオは、ヘーゼンに向かって突進する。
「黒ノ戦斧」
黒のエネルギー体が瞬時に巨大な斧を形成し、ヘーゼンに向かって繰り出される。
「破邪ノ盾」
ヘーゼンの右手に聖属性の光が放たれ、それを防ぐ。
「暗黒ノ理の威力は凄まじいが、属性がわかっているから対策は立てやすい」
「ちっ……黒狼」
魔戦士長オルレオが唱え、数千匹の狼が一斉に襲いかかる。
「夢限烈氷」
ヘーゼンの魔杖は、瞬時に狼を氷漬けにする。
「カッカッカッ……氷上障壁の上位互換てところかの」
「……なぜ、それを?」
武聖クロードの分析に、ヘーゼンは思わず尋ねる。
「英聖アルフレッドは、マメな男じゃの。ヌシの情報など要らぬというのに、勝手によこしやがるのだから」
「……」
「魔杖の設計思想がヤツの法陣ノ理と同じだと舌を巻いておったよ。まさか、真なる理の魔杖を真似るとは……本当に器用じゃな」
「……」
「だが、所詮は劣化版じゃの」
武聖クロードは、猛然とヘーゼンに向かって襲いかかる。
「ぐ……ぐぐぐぐ……おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「……っ」
突進。力任せの突進で、瞬時に発生する氷の壁をブチ破っていく。
そして。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラっ!」
至近距離まで到達したへーゼンに対して、瞬時に千発の拳を見舞う。
だが。
「ふん……やはり、それも幻影体か……で、上じゃ!」
武聖クロードの視線とともに、姿を現したヘーゼンに魔戦士長オルリオの黒ノ戦斧が振るわれる。
「破邪ノ盾」
瞬時に、発動し防いだヘーゼンだが、魔戦士長オルリオはなおも巨大な斧を押し込んでいく。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「くっ……」
その魔力に押されて、ヘーゼンは後方へと飛翔することで、衝撃を和らげる。
だが。
「ホイ、背後がお留守番じゃ」
「……っ」
武聖クロードが、異常な跳躍力で襲いかかる。夢限烈氷は当然発動しているが、その尋常ならざる膂力で、前へ前へと推進していく。
「くっ……」
踵落としを浴びせられかけた所で、なんとか破邪ノ盾の高出力で防いだ。
「なるほど……物理防御にも、ある程度対応できるわけか。便利な盾じゃの」
再び地へと落ちて、片膝をつくヘーゼンに。
武聖クロードは、ニヤリと笑う。
「はぁ……はぁ……」
「加勢が必要かの?」




