事後処理
事態が変な方向に進んでいる。絶対絶命の危機を脱したにも関わらず、またしても帝国が……いや、この要塞運営が窮地に陥っている。
「では……今後5年以上もあの要塞には手を出させないと言うのか?」
「そうなります」
「……ぅばかぁな!」
ジルバ大佐の問いにロレンツォ大尉が答えると、シマント少佐が荒々しく吠える。
「では、今後我々はどこを攻めていけばいいと言うのだ!? クミン族にディオルド公国との国境を塞がれたら、切り取れる領地がもうないではないか」
「……ひとつ、提案があるのですが、お聞きになりますか?」
「な、なんだ!?」
ロレンツォ大尉は軍卓の上に地図を取り出して、線を引き始める。
「現在、帝国の支配地域はここです。ここは、クミン族から切り取った領地。しかし、我々が所有している北の山岳地域は実質的な利益はほとんどない」
「……そうか。領地交換か」
ジルバ大佐がつぶやき、ロレンツォ大尉が頷く。
「あの要塞は帝国の戦略的重要な地です。これまでクミン族から切り取った地域、そしていくつか他の要地を渡しても、お釣りが来ます」
「……フフフ、なるほど。確かにあの要塞を手に入れることは帝国史における快挙だからな」
上官の満足気な声に、シマント少佐は惜しみない拍手を送る。
「さすがはジルバ大佐です。まさか、ミ・シル伯の力を借りずに要塞を手に入れる方法を瞬時に思いつかれるとは」
「フフフ……やめてくれ」
上機嫌なジルバ大佐は、棚に置いてあるブランデーをチラ見する。ロレンツォ大尉が退出した後にでも乾杯する気だろうか。
「早速、交渉に入ってくれ」
「わかりました」
「あっ、ああ。ただし、この会合にはヘーゼン少尉は外してくれよ」
「……なぜでしょうか?」
「なぜ?」
シマント少佐は首を傾げながら、ロレンツォ大尉を見る。
「軍で唯一クミン族と意思疎通の取れる隊はヘーゼン少尉の所属していた第4中隊所属の第8小隊です。なので、彼を外してやらせるのには不安があります」
「あ? そんなもの誰にだってできるだろう! 要するに意思疎通さえ取れればいいのだから!」
「……帝国は長きに渡り、クミン族と交戦状態でした。新しい隊に担当させ、再び意思疎通を図ることができるとは到底思えません。あれは、ヘーゼン少尉だからこそ成しえたことです」
「黙れ! たかだか交渉くらいでなにを言っている!? あの不敬者は極刑に決まっているだろう」
そう叫んで、ロレンツォ大尉の胸ぐらを思いきり掴む。
「……戦力がありません」
「あ? なにを言っている?」
「わかりませんか? この要塞にはヘーゼン少尉を、捕らえるほどの戦力がないんです」
「……っ」
「極刑に処す前には、まずその者を捕らえなくてはいけない。もちろん、ヘーゼン少尉の性格上、素直に収監されるとは思えません」
「そこを何とかするのが上官の仕事だろう!?」
「極刑の沙汰を下す上官の言うことなど、よほどの忠義者でなければあり得ません」
「帝国のために生き、帝国のために死んでいくことなど、軍人として当たり前だろう!?」
「……当たり前ではない存在だから、堂々と不敬な発言をしたのです」
「ぐっ……」
シマント少佐が思わず言い淀む。
「逆上したヘーゼン少尉が、我々を殺す可能性も非常に高いでしょう。間もなく帰還されるケネック中佐と結託してクーデターを起こされる可能性もあります」
「な、な、なっ……」
「残念ながら事実です」
ロレンツォ大尉の言葉に、シマント少佐は狼狽する。やがて、『名案を思いついた』と言わんばかりに声を張り上げる。
「そ、そうだ、ミ・シル伯だ! 彼女ならば、いかにあの化け物と言えど負けることはない」
「ば、バカなことを言うな!」
「ひっ……」
シマント少佐の提案を、ジルバ大佐が一喝する。
「あの方は軍部のトップだぞ!? 今回の件だって、我々の報告を聞いて、あの方が興味を持って頂けたのに過ぎないんだ。身の程をわきまえろ!」
「も、申し訳ありません」
「そもそも、この件は我々の要塞内で留めておける事実だから、事の顛末をかいつまんで報告できるのだ。ヘーゼン少尉の収監に援軍を呼ぶとなると、すべてのことを報告しなければいけなくなるぞ」
「ひっ……」
それを聞いた途端、シマント少佐の額から汗が流れる。もちろん、全てというのはヘーゼンが先に言い放った『不敬罪の黙認』である。一つ一つの事柄を要塞全員に取り調べられたら、痛い事実など何個も出てくるに違いない。
「……それで? どうすればいいのだ?」
ジルバ大佐はロレンツォ大尉に尋ねた。




