ヘーゼン=ハイム(6)
魔軍総統ギリシアは、耳を疑いまくった。『まさか、これで終わりか?』、この男は、今、そう言ったのか?
いや、幻聴に決まっている。
もしくは、変な魔薬をキメて、幻覚でも見ているのか。
じゃなきゃ、説明がつかない。
だが。
「……」
しばらくの沈黙の後。ヘーゼン=ハイムは、心底失望したようにつぶやく。
「その様子だと、本当に打ち止めのようだな。ガッカリだ」
「はっ……くっ……」
幻聴じゃなかった。
変な魔薬キメてる方のやつだ。
「こんのぉ! 強がりもいい加減にしなさいよ! やっておしまい!」
魔軍総統ギリシアが、武国ゼルガニアの軍長らに叫ぶ。瞬間、魔剣長ルルトガスが弾かれたように跳躍し剣型の魔杖を繰り出す。
「炎斬ノ剣」
シンプルながら、巨大な炎系の斬撃が繰り出されるが、ヘーゼンは後方に飛翔して躱す。そして、右手に瞬光戦弓を持ち変え光の矢を放とうとする。
「させるか! 千空ノ光」
「くっ……」
魔光長ボルゼグが魔杖を掲げると、数多の光弾が襲いかかる。反撃する暇もなく、ヘーゼンは空中を悠然と飛翔して逃げ回る。
「逃さん! 大滝ノ竜」
魔水長リョクマクが、八方に巨大な水柱を発生させた。逃げ場が限定されたヘーゼンは、退路を探しながらも、緻密な飛翔を繰り返す。
だが。
「ククっ……夢縛ノ縄」
「はっ……くっ……」
魔幻長ゴルゾナが、漆黒の縄を雁字搦めにする。ヘーゼンは必死にもがくが、身動きが取れない。
そこで。
「終わりだ…… 炎斬ノ剣」
魔剣長ルルトガスが、至極の一撃を喰らわせる。
「がっ……はっ……」
ヘーゼン=ハイムは、呆気なく両断され、跡形もなく灰と化した。
「……ククククッ」
その様子を見た魔軍総統ギリシアは、狂ったように、涎をガンガンに垂らしながら喜ぶ。
「クククク……ハハハハハハハハハハハハッ! 何よ! アッサリとやられちゃってるじゃないの!? こんなクソ弱な分際で、よくあれだけの大言が吐けたものだーー」
ジジジジジジジジジジ……
その時。
奇妙な音が鳴り響く。その方向に振り向くと、遥か後方から、大地すれすれで、ヘーゼン=ハイムが飛翔していた。
「なっ……瞬間移動……能力……バカな」
魔軍総統ギリシアは愕然としながらつぶやく。
「いや、ゆっくりと移動したよ。君たちが戦っている間にね」
「……幻術」
いつから。
いつから、ヘーゼン=ハイムと戦っていると認識していた?
魔軍総統ギリシアは、脳裏で記憶をグルグルグルグルと遡る。
「……幻光夜鏡」
「ご名答」
ヘーゼンは笑顔で答える。
あれは、単に魔法を反射するだけのものではなかった。光のヴェールで視界を隠した隙に、自身の幻影体を創り出すためのものだった。
考えてみれば。
先ほどから、魔長たちの魔法を躱しながら、攻撃する素振りだけをしていた。実際に、放った魔法は1つとしてない。
そして。
直接耳に届く声。
これによって、幻影体が、さも喋っているような錯覚を覚えた。実際には離れた場所から、俯瞰で眺めて操作していただけだったのだ。
ジジジジジジジジジジジジジ……
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ……
「な、なに……この耳障りの悪い音は」
それは、長物の魔杖で地面が擦れた音だった。禍々しく、凶々しく、真我真我しい音。
全ての不吉が凝縮されたような。
もはや、絶望しか残されていないような。
そんな音。
「い、い、行きなさい! さっさと……さっさと行きなさいよぉ!」
「うっ……」
魔軍総統ギリシアが叫ぶが、魔長たちは一瞬臆したような表情を浮かべる。
「……っ」
死を恐れたことがない狂気の兵が。大陸のトップ級にも決して臆さずに突っ込んでいく者たちが。今まで見たこともないほど顔を歪めている。
恐怖。
なす術もなく蹂躙されることに怯えている。
ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ……
「な、何やってんのよ、あんたたちも、ボーッとしてんじゃないわよ! あの男を近づかせるんじゃないわよ!」
魔軍総統ギリシアは、ルクセルア渓国の魔軍に甲高い叫び声で指示をする。彼らは慌てて魔法弾をヘーゼンめがけて撃ち込む。
「そう全力よ! 全力全力全力全力全力全力全力全力全力全力全力全力全力全力全力全力全力全力ぅーーーーーーー! 1メートル……いや、1ミリたりとも近づかせるなあああああああさああああああっ!」
発狂拒絶めいた号令とともに、ありとあらゆる魔法弾が隙間なく撃ち込まれる。
だが。
「すまないな……それも幻影体なんだ」
「……っ」
逆。
ヘーゼン=ハイムは、まったく同じ体制で逆方向から飛翔していた。
幻光夜……鏡。
「バカな……あの、耳障りな音は、確かにあの男のところから……っ」
そう、音だ。
あの不吉な音こそが、ヘーゼンの実体を確信する僅かな手がかりだった。
だが。
そもそも、ヤツは声を直接耳に届くよう操作していた。
実体から音が出ているのではなくて。
発生する音までも演出できるとしたら。
逆に。
自身が忍んでいる音を、完全に消せるとすれば。
全てが逆。
「幻影体に関する知見が少ない……浅はかだ」
「……っ」
ヘーゼンは、そうつぶやき。
極限まで魔力を溜めた一撃を解き放つ。
「皆! 俺の後ろに下がれ! 巨鎧絶璧っ……あっぎょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおえええええええええええっ!」
その圧倒的広範囲の一撃は。
魔鎧長ドスボルグの装甲を紙のようにぶち破り。
魔医長ラクトス。
魔光長ボルゼグ。
魔幻長ゴルゾナ。
魔水長リョクマク。
魔剣長ルルトガスを。
跡形もなく消滅させた。
「真時空烈断」




