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ヘーゼン=ハイム(3)


 ラビアトは、何を言っているのか分からなかった。蘇生手術? そんなものできる訳がない。一度死んだ者は、もう蘇らない。


 それが、絶対に覆せない万物のことわりだ。


「何を言ってるんですか!? もう、遅かったんです! ジオラ伯は……ジオラ伯はもう天に召されました!」


 へーゼンを責める気などない。実際、彼は1秒すらも惜しむほど急いだ。結果として間に合わなかったのは悔しいが、それを彼のせいにするのは間違っている。それだけはわかる。


 だが、黒髪の青年は、息絶えた老人の身体を触診しながら首を振る。


「心肺停止して十分以内であれば、僕は蘇生させたことがあります」

「な、なんですって……」


 驚愕のまなざしを浮かべるラビアトを尻目に、へーゼンは、小刀のような魔杖を突き刺し胸を開く。それから体内に手を突っ込み、臓器に指を当てながら治療を施していく。


 そのあまりに滑らかな指の動きは、高速過ぎて目に負えないほどだ。


「起こしてどうしろっていうんですか!?」


 ラビアトが涙を溜めながら叫ぶ。晩年のジオラ伯は、ずっと、病に苦しんでいた。それでも、帝国のために、ずっと、ずっと、ずっと尽くし、戦い続けた人だ。


 そんな苦悶の日々に……ようやく解放されたというのに。


「愚問ですね。救える可能性のある命だ。ジオラ伯ほどの方を、そう易々と死なせる訳にはいきません」


 汗だくのへーゼンは淡々と答え、幾つもの注射針で魔薬をぶち込む。種類は数十種類。帝国将官ギボルグに投与したものに近い成分で、相当な刺激を伴うものだ。


「ジオラ伯の身体は、すでに至る所で病魔に侵されてます! 遅かれ早かれ……死ぬ運命でした」

「のようだな……心肺蘇生するギリギリのタイミングまで、病巣を取り除けるだけ取り除く」


 へーゼンは神速の手つきで小刀を振るい、病巣を次から次へと切除していく。大陸でも有数の魔医でもあるラビアトですら、見たことがないほどの技術だ。


 だが、その指の動きに迷いは一切なく、指から直接流し込む魔力も繊細で緻密だ。魔医の第一人者であるラビアトも凄すぎて、意味がわからない。


「それで、彼の病が治って全快するとでも!?」

「いや……これは、完全に手遅れだな。病魔はすでに全身に巡っている。僕は神じゃない。時間が経過すれば、彼の身体は再び病の巣窟となる」


 吹き出す汗を拭いながら、その視線はなおも高速に動く。そして、その身体を見れば見るほど、その顔色は曇っていく。


 あれだけの自信を誇っていた彼の表情が歪むほど、ジオラ伯の病状は手の施しようがないのだろう。


「だったら!」

「最悪、数日持てばいい。この戦が終わるまで、持てば」

「……っ」


 へーゼンは、キッパリと言い切る。


「そんなことして生かしてなんになるというのですか!? それならば、彼をこのまま安寧にーー」

「ジオラ伯に勝利かちを見せたくはないのか?」

「……っ」


 ラビアトの声が止まる。


「帝国のため生涯を捧げ、献身的に戦場を駆け巡った偉大な男だ。彼でなかったら、北は抜かれていた。反帝国連合軍は、より深く深く帝国の領土を犯したであろう」

「……」

「何万……いや、何十万人の帝国国民が犠牲になったかも知れない。そんな無念を抱いたまま……地に伏したまま生き絶えさせるのか?」

「……でも」

「そんな彼にできることは、圧倒的な帝国の勝利を見せること。そうは思わないか……いや、僕がそう思うから、別にいいんだがね」


 敬語すら忘れるほどの必死さで。


 へーゼンは、両手を巧みに動かして全身の縫合を完了させた。他の魔医たちも、ただ、その卓越した技術に、見たこともない治療法に、その緻密で精緻で高速の指の動きに、見惚れていた。


「ラビアト様、癒海ノ心(いかいのこころ)を」

「……」


 へーゼンは、一本の大針のような魔杖を取りだし、天に向かって翳す。それに、大きな光が発生する。それだけで、彼自身がかなりの魔力を凝縮していることがわかる。


「僕が先日製作した魔杖『万治ノ薬針(ばんちのやくしん)』。これで、相乗効果を狙う。こちらは身体に突き刺すことによって、全身に好刺激を施す効果をもつ」

「……」

「ラビアト様……僕を信じろ……そして、君の中の……ジオラ伯を信じろ」

「あ……私は……」


 へーゼンはそう言い放ち、彼女の次の言葉を待つことなく、手に持っていた大きな針のような魔杖を突き刺す。


「がっ……あががががががががががががががっ!?」


 ジオラ伯の瞳孔がカッと開き、全身が浮き上がるほど体内に魔力が暴走する。声帯が全て開いたかのように、老人が叫ぶ。


 だが、それは生き返った訳ではない。五感すべてを刺激することによって、身体に悲鳴をあげさせているのだ。


 それは、治療というよりは、拷問に見えた。激しく、痛々しく、荒々しく、その刺激が体内に暴れ回り、明らかに苦しんでいるように見える。


「あがっ……あがががががががががががががががかがががががががががががががががかがががががががががががががががかがががががががががががががががかっ」

「……っ」

 

 ラビアトは、ギュッと目を瞑って、癒海ノ心(いかいのこころ)を発動させる。


 そして。


 育てられた感謝とともに。


 ありったけの魔力と想いを込めて。


 祈る。


「ジオラ伯……戻ってきてください」































「成功」


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― 新着の感想 ―
いつも楽しく読ませてもらってます。 いつごろからか最後の一分だけなっがい改行の後につける演出をされていますが、そこだけ苦痛です。
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