ヤン(2)
*
海聖ザナクレスは、火だるまになっている船に、大量の砂を浮遊させ、ぶっかける。部分的な火災に関しては、それで消化することはできた。
だが、一隻。
炎孔雀と氷竜の一撃は、船員ごと跡形もなく消し飛んだ。まったくもって、とんでもない威力だ。
「クソッタレ……なんで、グライドのクソ野郎がここに!」
続けて消火を図りながら、かつてあの老人に手痛くやられた思い出が蘇る。かつて、イリス連合国を襲っていた時に、立ちはだかったのがやつの猛威だ。まさか、数十年ぶりにあの時の屈辱を思い出すことになるとは……
「せ、せ、せせせ船長! あ、あれ」
「あー!? なんだ、今、忙しっ……」
突如として発生した炎孔雀と氷竜が、それぞれ別の船に的中。沈んでいく。
「ばっ……なんでイキナリ!?」
さっきまでは、無差別に火炎槍と氷絶ノ剣をぶっ放していていたのに。
グライド将軍の幻影体を見ると、隣にはラージス伯が立っていた。
「あんの野郎っ!」
火炎槍と絶氷ノ剣から放たれる魔法に、空間移動をかけている。
英聖アルフレッドと並び、やはり、支援能力では最強級か。
加えて、グライド将軍との組み合わせが非常に凶悪だ。無尽蔵に放たれ続ける炎と氷の極大魔法。それにに対処し続けなければならないなんて。
「こりゃ……撤退も視野に入れないといけないかな」
今回、海聖ザナクレクは、反帝国連合国から莫大な費用で雇われている。当然、仁義は重んじるが、それで部下が全滅するのでは話にならない。
「……」
したたかな海賊王は、今後の身の振り方について考え始めた。
*
「はぁ……はぁ……もう一発行きます」
グライド将軍が暴れ回る横で、ヤンが大きく息をきらす。
「にしても、地味に凄いな。炎孔雀と氷竜の連発は」
「地味って言ったら可哀想!」
ベルベッドが遠くから叫ぶが、ヤンもそれに被せる元気はない。
「ぜぇ……ぜぇ……機の読み方は、師から教わってます。遠慮なく、ドンドンぶつければ、少なくとも海賊船団はここから引き上げます」
「……」
ラージス伯は、この少女の潜在能力に恐れを抱く。息切れしている感じを見れば、グライド将軍の放つ魔法はヤンの魔力を使用している。にも関わらず、これだけ無尽蔵に使用して、身体に及ぼす影響がこの程度なんて。
「……凄いな」
恐らくだが……魔力の内在量は、ジオラ伯をも凌ぐかもしれない。
そんな風に推測される一方で。
ヤンは、かなり、痩せ我慢をしていた。無理してた。実はもう、倒れ込む寸前で、すぐにでもグライド将軍の幻影体を消し去りたい。
だが、へーゼンの教えの通り、強がった。
戦闘中に弱味を見せてはいけない。
それは、口頭だけではない。日々の彼の背中を見て過ごしてきたヤンが体感した経験則。言われずとも、身体に刻み込まれている技術だ。
そんな中、砂漠の民たちがラーダに乗って、ヤンの元にやってきた。
「聖女様!」
「長老様! お久しぶりです!」
懐かしい顔が見えてきて、少し元気になってきた。彼らのためになら、もう少しだけ頑張れそうだ。
「おお……ワシなんかのことを覚えてくださったのですか?」
「もちろんです」
ドクトリン領で彼らを飢えから救って以来、ヤンは聖女として崇め立てられていた。照れくさいことこの上ないが、何度やめてくれと言っても直してくれないので、あきらめて放置した。
「しかし、本当に不思議ですな。へーゼン様から、『成長して身長が伸びた』と聞いてましたが」
「エヘヘ。それよりも、どうしました?」
今は絶賛戦争中だから、ワザワザ挨拶などは控えて欲しいのだが。
「あっ、そうでした。これを、聖女様に献上しようと思いまして」
長老は、砂漠の民に指示をしてラーダが乗せていた1つの魔杖を差し出す。
「……これは?」
「雷轟月雨です。かつて、食国レストラルの英雄である雷帝ライエルド=リッツがこの魔杖で猛威を奮ったと聞きます」
「えっ? 食国レストラルって、西の国にあるところですよね? なんで、それがこんなところに」
いつだったか、ヘーゼンから話を聞いたことがある。雷帝ライエルドが今の食国レストラル建国の礎を築いたと。そんな者の魔杖ならば、食国レストラルが離すはずはない。
「それがワシも親父ーー先代の長老に聞いたんですが、朝起きたら突然、目の前にあったんだって言うんです」
「そ、そんなことあるんですか?」
ヤンは目をまん丸にしながら驚く。
「元々雷帝ライエルドは、この砂漠の出身だったんだって。自分はヤツと幼馴染だったんだって、よく自慢してました」
「……」
以前、夢で見ていた白髪の老人がライエルドだろう。なんとも不思議な昔話で、いまいち信憑性がわかない。
「だったら、なんとかこの魔杖で雨を降らせればよかったのに」
ヤンは素直な疑問を口にする。以前、ドクトリン領では、何年も雨が降らずに、彼らが飢えに苦しんでいた。以前、見た幻視では、雷帝ライエルドは、雷雲を呼び寄せ雨も降らせていた。
この力を使えば、もっと多くの民が救えたはずだ。
「それが……この魔杖は少し特殊でして、どんな魔法使いであろうと反応すらしないのです」
「真なる理の魔杖じゃないのにですか?」
ヤンの問いに、長老は深く頷く。
「……」
雷帝ライエルド=リッツは、グライド将軍以前に螺旋ノ理を使用していた。真なる理の影響下にある魔杖だったから、今まで誰にも扱えなかったと言うことだろうか。
そう言えば、火炎槍も氷絶ノ剣も、ヤン以外では扱えないものになっていた。
「手にとって見てください」
「でも、誰にも扱えないんでしょう?」
「聖女様になら、扱えそうな気がするんです」
「……」
ヤンは雷轟月雨を手に触れる。
即座に意識を失った。




