ヤン(1)
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南部の砂漠。突然出現した竜騎兵は、縦横無尽に駆け巡り、紅蓮の投擲を加えていく。凱国ケルローと蒼国ハルバニアの軍の騎兵は、その機動についてこられず、大きな損害を被る。
「……指揮官が全員、地味に若いな」
「地味に若いは失礼!」
ベルベッドのツッコミを一心に受けながら。ラージス伯は、彼らをジッと観察する。竜騎兵の部隊は5ほどあるが、恐らく全員学生だ。彼らもへーゼンの教え子だろうか。
加えて、ラーダに乗った砂漠の民が参戦する。この場所において、彼らの機動力は竜騎以上だ。こちらは、紅蓮を投擲しつつ、地形を熟知したしたたかな動きで、反帝国連合軍を振り回す。
アウラ秘書官は、ベルベッドとともに勇騎将ガーランドと対峙するが、巧みに誘導し、凱国ケルローのダリセリア副団長と帝国のマラサイ少将、副官ブラッドの戦いに混じる。
これで、多人数戦に持ち込んだ。
彼の知謀は、戦いにも活かされる。戦術の幅を広げる連携をすることで、戦闘を優位に持っていこうとする算段だ。
だが。
「……」
事態は、むしろ、混迷を深めていた。
原因は、大将軍グライドの幻影だった。開幕の一撃こそ、海賊の船を撃退したものの、四方八方に火炎槍と氷絶ノ剣を放ち散らす。
結果、帝国軍も、反帝国連合軍も、浮遊する海賊船団も、砂漠の民も、竜騎兵も誰もが無差別攻撃に避難する。
「おいいいいいいいいいいっ! あんのクソグライド……ふざけんじゃねえええええっ!」
繰り出される莫大な炎と無数の氷刃に、大いに戸惑ったのは、海聖ザナクレクだった。彼の魔杖『荒震者ノ烈斧』は、重力を操作し、物質を移動する魔杖である。
だが、1つ1つの船を浮遊させ、複雑に動かすことはできない。あくまで1つの船団として動かすが故に、予測できない攻撃に対応ができないのである。
「カッカッカッ! 死ね死ね死ね死ねー! 若い者の輝かしい未来とともに、身を凍らせ、灰にしてやるんじゃ、ワシ」
「鬼畜老害過ぎる!?」
ガッビーン。
そんなことは、当然、お構いもなしに。
グライド将軍の幻影体は、五月雨に火炎槍と氷絶ノ剣四方八方に打ちまくる。
「「「「「「うわああああああっ」」」」」」
帝国軍。砂漠の民。そして、海賊の船団も、溪国ケルローの軍も、武国ゼルガニアの軍も、全てが逃げ惑う。戦線が有利なのか、不利なのか、それすらもわからないほどの混迷。
「あっち! あっちですって! さっきからどこ狙ってるんですか!?」
「若い者の指図は、未来永劫、絶対に聞かないと決めてるんじゃ、ワシ」
「永遠老害過ぎる!?」
「……」
ヤンは、またしたもガビーンとした表情を浮かべる。依然としてへーゼン=ハイムの弟子は、こうして、老害の幻影体とわちゃわちゃやっている。
「……派手だな」
「派手に狂いまくってますけど!?」
ベルベッドもまた、逃げ惑いながら、涙目でツッコ叫ぶ。
「……」
いや。
全然制御できていないようで、帝国軍、竜騎兵、砂漠の民に死傷者は出ていない。要所要所で、危険なところでに軌道修正しているというところか。
「ふざけんじゃねえええええええっ! おいテメェら! 大丈夫か!?」
海聖ザナクレクが、堪らず最前線を離脱し大船団の方へと向かう。そのタイミングを見計らって、ラージス伯は、虚空ノ理でヤンの方へと移動する。
「ほら! ほらほらほら! 来ちゃったじゃないですか! 四伯のラージス伯ですよ、殺されちゃいますよ! 言うこと聞いてください!」
「ほぉ……有能そうな若者じゃの。気に入らないから殺していいか、ワシ」
「過激老害過ぎる!?」
「……」
ヤンが再びガビーンとする。ラージス伯は、グライド将軍の幻影をジッと観察する。どうやら、かつての人格とはかけ離れた存在のようだ。
そして……
「君が、ヘーゼン=ハイムの弟子か」
「あ、はい。ヤンと言います。師がいつも迷惑かけてます」
「いや、彼とは会ったことはなくて、むしろ、今は援軍を出してくれて感謝しているくらいなのだが」
「あっ、じゃあ、これから迷惑かけます」
「……」
どうやら、確定的に迷惑をかけると確信しているらしい。
「どちらかと言うと、派手に迷惑を被っているのは、君が操っているグライド将軍の幻影なのだが」
「そうだったごめんなさい!?」
「カッカッカッ! 絶景絶景! 若い者が、代わりに謝ってるところを見るのは本当に心地のよいもんじゃ、ワシ」
「本気老害過ぎる!?」
度重なるガビーンを、完全に無視することにして、ラージス伯はヤンに真剣な表情で尋ねる。
「制御する方法はないのか?」
「あるんですけど、すぐに疲れちゃうんです。だから、局所的に操作しなきゃいけないんですけど、なかなか難しくて」
「……」
「それより、組み合わせられないですか?」
黒髪の少女は逆提案する。
「組み合わせ?」
「虚空ノ理で、火炎槍と絶氷ノ剣の攻撃を敵に転送するんです」
「……」
「条件を教えてください。虚空ノ理の発動条件があるんですよね?」
「……ヘーゼン=ハイムの弟子の君にそれを教えるとでも?」
ラージス伯は、ヤンをジッと見ながら尋ねる。真なる理の情報は、流出すれば命取りだ。それを、あの危険な天才の弟子になど教えられない。
だが、黒髪の少女は、瞬時に羊皮紙を出す。
「契約魔法を結びます。これなら、師に漏れません。これ、書いてきましたから」
「驚いたな」
出された契約書は、この砂漠に参戦する前に書かれたものだろう。ベルベッドよりも年下であろう彼女が、当初から、自分と組んで戦うことを想定していたのか。
「早く、この戦に勝って学生生活に戻りたいんですよ。お願いです、力を貸してください!」
「……」
「わかった。じゃ、派手に行こう」
「「なんか、凄く嬉しそう!?」」
二人のツッコみは、やまびこのように木霊した。




