直進
*
一方、救援に向かう竜騎兵5千は、ひたすら北上を続けていた。
北のベルモンド要塞までの距離は、竜騎でも1週間はかかる。南、東、西よりも遥かに遠いため、戦地への到着は必然的に最後尾になるだろう。
先頭のヘーゼンは、竜騎兵に乗りながら、地図と景色を眺め、道筋を指差す。
「ギボルグ様。この方角を、真っ直ぐに進みます。再び攻速ノ信を、掛け直してください」
「はぁ……はぁ……わかりまし……」
!?
デジャブ。
圧倒的デジャブ。
ギボルグは幻聴を聞いたと思った。ヘーゼンの見据えた先には、遮蔽物しかなかったからだ。道など、当然ない。真っ直ぐに進めば確実にぶつかる。
イリス連合国との時に見た光景。
だが。
ここは、帝国領。バリバリに、帝国領、過ぎるのである。と言うか、もう、完全に民家(恐らく善良な帝国国民)。
「休憩はなしだ。このまま真っ直ぐに進めば、北のベルモンド要塞に着く」
「……っ」
冗談じゃない。
ギボルグは激怒した。
もうあんな想いは2度とゴメンだ。あの押し寄せる廃人感……一生で一度味わえば十分だ。
「無理です! 無理無理無理! 絶対に無理! 死んじゃいますよ! 私、絶対に、誰がなんと言っても、なんと言われても無理です!」
圧倒的に叫び散らかす。
キレてキレてキレ散らかす。当然、周囲はドン引きだが、それでいい。『俺はヤバいヤツ』アピール。ヤバいヤツには、誰しもが距離を置く。限界を越えているというサインをこれ以上なく示しまくる。
だが。
そんな彼に対し、ヘーゼンは満面の笑みで肩をポンポンと叩く。
「頑張ってください。娘さん……見てますよ」
「……っ」
ぐぅ、鬼畜。
「ギ、ギボルグさん。落ち着いてください。いくら何でも、ヘーゼンさんもなんの罪もない帝国国民の民家を突っ切ったりは……ねえ?」
ラビアトが苦笑いを浮かべ、半狂乱ブチ切れギボルグを、なんとか、なだめる。
だが。
「いや、突っ切ります」
「「「「……っ」」」
おい、コイツ、マジかよ、と言う表情を誰もが浮かべる。
「えっ……ど、どういう……えっ!? 回り道すればいいじゃないですか!」
ラビアトが、信じられない表情を浮かべる。
「遅れます」
「そ、そんなの数秒しか変わらないじゃないですか!?
「2秒コンマ64の違いで、大切なものを失った者を、僕は知っています」
「……っ」
バカ。
超絶キ⚪︎ガイ過ぎるバカ。
ギボルグは、本気でそう思った。
「皆! 僕は言ったな? 僕の命令には絶対に服従だと……ここからは、何があっても止まるな。許可をするまでは、僕の後についてこい」
「「「「「はい!」」」」」
「たとえ、そこが家族の寝室だろうと、皇帝陛下の墓だろうと突っ切る。誰一人として、離脱することは許さない」
「「「「「はい!」」」」」
「よし、直進だ!」
そう言って。
ヘーゼンの乗った竜騎兵は、ひたすら速度を上げて、誰がなんと言おうとイエスマンな竜騎兵とともに走り続ける。
「「「「「「「「「「直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進! 直進!」」」」」」」」」」
「はわっ……はわわわっ!」
完全に洗脳されてる。
盲目過ぎる狂信者ども。
ギボルグと、ラビアトはもう、ドン引きだった。
・・・
数時間ほど経過して。
「ギボルグ様。早く攻速ノ信を。効果が切れかかってしまいます」
ヘーゼンが笑顔で言う。
「はぁ……はぁ……む、むちゃくちゃ言わないでください。5千頭もの竜騎に対して常時発動なんて、無謀以外の何物でも」
「大丈夫ですよ。いい薬がありますから」
「……っ」
すぐ、お薬。
筋力強化と速度強化を付与する攻速ノ信は、当然の如く、常時発動。とは言え、竜騎にも疲れは生じる。24時間走り続けることができるが、休息は必要だ。
当然、乗っている者たちにも。
そこで、なんとか休憩を(取らなきゃ、死ぬ)ーー
「先ほども言ったが、休憩はなしです。切れる前に飲んでください」
「……っ」
ギボルグは、袋に入った、大量のお薬を渡される(当然、精神を蝕むヤバい魔薬)。
そして、竜騎にも、スパルタ。
「おいおい、こいつらの酷使は俺が許さないぞ」
ラシードが、眉を顰めて苦言を呈する。
「心配ない……ラビアト様。癒海ノ心で竜騎を癒してください」
「わ、わかりました」
彼女はすぐさま頷き、癒海ノ心をかける。すると、竜騎たちの足取りがドンドン軽くなっていく。
「やはり、素晴らしい魔杖ですな」
「はぁ……はぁ……本来は、地面に沈み込ませるのですが、こう言った使い方もできなくはないです」
「竜騎の回復速度は常人の比ではない。問題ないでしょう」
「なるほど。こいつは便利だな」
ラシードは感心しながらつぶやく。
「はぁ……はぁ……でも、あの、このやり方だと、私も竜騎5千を一度にはキツくて……っ」
ラビアトもまた、いいお薬を、渡される。
「……」
ヘーゼンの乗った竜騎は、中でも一際元気で、構わず道なき道を竜騎で直進する。
「だ、だ、だからそっちは民家……」
「大丈夫。飛べ」
「……っ」
ヘーゼンは竜騎の手綱を引き締めて跳躍して飛び越える。
他の竜騎兵(狂信兵)たちも、次々とそれに続く。
「……えんらいこったぁ!?」
田舎の民家の所有者だろう農民は、目が飛び出そうなほど驚いていた。
当然、彼の畑はズタズタである。
「な、なんてことを……」
「心配ない。補償する」
「……っ」
帝国将官ギボルグの心配は、引き続きこの異常者とともに道なき道を、行かねばならないと言う事実だった。
・・・
「そ、そっちは商家」
「問題ない。敵対しているロッリフェラー家だから、この機会に踏み潰す」
「……っ」
・・・
「上級貴族家の城です! ヤバいです、ヤバすぎます!」
「他愛もない。帝国のため、完全破壊する」
「……っ」
ジジジジジジジ……と。
時空烈断が放たれた。
・・・
「皇太子の直轄領のど真ん中ですけど!?」
「蹂躙する」
「……っ」
・・・
直進。とんでもなく、真っ直ぐの直進で進んだ。




