激突
バーシア女王はそのまま馬を走らせ、武国ゼルガニアの魔戦士長オルリオが率いる本軍と対峙する。
「……貴様は強いか?」
魔杖『暗黒ノ理』と一体化した戦士は、淡々と尋ねる。黒の紋様を半身に張り巡らされたその身体は、どこまでも禍々しかった。
だが、バーシア女王は青の瞳で、その不吉を吹き飛ばす。
「まあ、それなりにな」
「……行け」
魔戦士長オルリオは、自身の親衛隊に指示を出す。彼らは、弾かれたように飛び出し、各々の持つ魔杖を発動しようとする。
だが。
一閃。
バーシア女王が奮った青ノ剣で、彼らの首はコロリと落ちる。
「飛水」
高速の抜刀で飛翔波を繰り出す魔法である。その斬撃は、軍神ミ・シルの雷神ノ剣と同等の速度を叩き出す。
「……」
コロコロと転がった親衛隊の首を見た魔戦士長オルリオはニヤリと笑い、自身の魔杖『暗黒ノ理』を発動させる。
「……黒狼群」
剣型のそれを振るうと、数千匹の漆黒の狼は、瞬く間にバーシア女王に向かって群がる。
「舞え……白吹雪」
対して彼女は、青ノ剣を振るい、周囲に猛烈な吹雪を発生させる。漆黒の狼たちは、次々と吹き飛ばされ、一瞬にして凍てつき絶える。
「……五月雨ノ黒槍」
魔戦士長オルリオは、自身の身体から無数の黒く尖った槍状の斬撃波を発生させる。一方で、バーシア女王は青ノ剣を自身の目の前で円を描く。
「明鏡止水」
一瞬にして薄く透き通った蒼の光膜が張り巡らされ、黒の斬撃派を完全に跳ね返す。
「……なるほど。強いな」
魔戦士長オルリオは、その類稀な身体能力で斬撃を全て交わし続ける。
だが。
すでに、バーシア女王は彼の背後を取り青ノ剣で飛水を放つ。
「申し分ない」
斬撃を受け、真っ二つになった身体だったが、それでも、魔戦士長オルリオは何事もなかったかのように繋がれる。一瞬だが、切断部に暗黒が噴出した感じがした。
「気味の悪い魔杖だな」
バーシア女王は、思わずつぶやく。
特級宝珠の大業物に『理』を冠する魔杖が存在する。それは、魔杖工が不明で、いつ、どこで製作されたのかもわからない。
……人が造ったものであるかどうかすら。
一方でヘーゼンの製作した青ノ剣は、ほぼバーシア女王へのオーダーメイドで作られた。彼女の特性に合わせて製作されたので、ほぼ他の人に扱うことは不可能だ。
「ククク……」
魔戦士長オルリオは不敵に笑い、自身の暗黒を解放する。途端に、黒が全身から噴き出て、彼女を取り込もうと無数の腕が出現する。
だが。
「翔べ……蒼鴑」
バーシア女王が剣を振るうと、真っ青に染まった鷲の幻影体が出現し、彼女の身体を掴んで空中に飛翔する。
「氷柱ノ調」
青ノ剣を魔戦士長オルリオに向けると、巨大な氷柱が次々と発生し、彼の身体を串刺しにする。
「黒鴉」
貫かれた身体が全て鴉へと変わり、次々と飛散していく。やがて、鴉たちは一箇所に集まり、再び魔戦士長オルリオの身体を形成していく。
「……」
ダメージを与えられている感覚がしない。そして、未だ本気ではなく戦いをまるで、楽しんでいるような……いずれにせよ、本気で戦っているとは言い難い。
「まあ、手の内を隠しているのは、お互い様だがな」
飛翔するバーシア女王は、俯瞰で武聖クロードとの戦闘を眺める。そこには、ザオラル大将とクミン族の副族長オリベスが共闘している光景が見える。
オリベスの魔杖は『氷竜ノ槍』。これは、一等級の大業物である。その実力は、すでに帝国の大将級と遜色ないと確信している。
やがて、武聖クロードの周囲に、クミン族の幹部たちが取り囲む。彼らもまた3等級以上の業物を携えており、皆実力者揃いだ。
バーシア女王が、魔戦士長オルレオを抑え、その間で武聖クロードをなんとかする作戦である。
「いいのか? 来ないで」
青ノ剣を構えながら、魔戦士長オルレオに尋ねる。
「貴様との戦いが楽しめれば、それでいい」
「呆れたな。戦のことよりも、己の快楽を優先するなどと」
「ククク……」
黒い紋様で覆われた半身を持つ戦士は、禍々しき笑顔を浮かべる。魔杖と一体化している影響が出ているのか、言動がおかしく、精神が定まっていない印象を持つ。
「まあ、いい」
バーシア女王の目的は、あくまで時間稼ぎである。ここまで戦ってきて、互いに拮抗した実力を持つことは理解できた。互いに秘技を隠している状態であるが、それを出せば勝負は一瞬。
それよりは、援軍のヘーゼン=ハイムが来るのを待った方がいい。
「……」
唯一の懸念は、魔軍総統ギリシアの存在だ。神出鬼没で存在するヤツは、どのような行動をもたらすかが想像できない。不確定要素がある以上、ここでバーシア女王が力を使い尽くすのはまずい。
彼女は、フッと笑いボソッとつぶやく。
「美味しいところはくれてやるか……」




