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交渉


 「はっ……くっ……はぁ……」


 エヴィルダース皇太子は、狼狽しながら数歩下がった。帝国を滅ぼす……そんな、不敬オブ不敬発言を、ヘーゼン=ハイムは、堂々と口にしたのだ。


 普通に、頭、おかしい。


「き、き、貴様っ! いったい、何を口走ってるのか理解してるのか!?」

「いやだな、例えですよ。例え」

「……っ」


 黒髪の男は、こともなげに、淡々と、いけしゃあしゃあと言い放つ。


「正気か!? そんな事で済まされるレベルじゃないぞ!」

「我が軍の実力をお疑いのご様子でしたので、ご説明を差し上げただけですよ。前後の文脈をキチンと読み取っていただけないと」

「あ゛っ……ん゛はぁ……」


 こんの野郎っ。


 その時。


「すぐに北に……助けに行ってください!」


 副官のラビアトが、前に出て叫ぶ。


「なっ……貴様っ! 何を勝手に発言している!?」


 突然の横やりに、エヴィルダース皇太子が怒鳴るが、彼女は切羽詰まった様子でヘーゼンに迫る。


「こんな所で、悠長に話している場合ではないです! ジオラ伯は重病で……長くはもちません。魔戦士長オルレオ=ガリオン率いる武国ゼルガニア軍が参戦してきたのです。一刻も早く、支援に向かわなければ」

「なるほど。()()()()()()()()()()()()()()()()と。それは、いい情報をもらいました」

「……っ」


 ヘーゼンは、エヴィルダース皇太子を見ながら、嗤う。


「わかってもらいましたか? でしたら、一刻も早く救援にーー」

()()()()()()()()

「……はっ?」


 その発言に。思わず、ラビアトは聞き返す。


「重病であろうと、ジオラ伯の籠城能力は超一流だ。これまで、帝国の窮地を幾度となく救ってきたのでしょう? まだ、大丈夫です」

「信じられない……あなたは帝国将官でしょう? なんとしてでも帝国を守り抜くと言う使命感はないんですか?」

「あいにくですが、そんな犬根性は持ち合わせていないんですよ」

「……っ」


 ニッコリと。


 驚愕する彼女に対し、ヘーゼンは温かい笑顔を向ける。


「それに、ほら。えさが欲しいなら、犬だって待ちますよ? だから、ちょっとだけ、待っててもらえませんかね」

「めちゃくちゃ優しい眼差しで、何を言ってるんですか!?」


 隣のヤンが、ガビーンとした表情を浮かべる。


「いや、本当に申し訳ない。ヤン、彼女への説明は任せる。女性のエスコートは、どうにも苦手でね」

「定義もニュアンスも行動も、何もかも違い過ぎるし、失礼過ぎて弁明のしようがなさ過ぎる!?」


 度重なるガビーンに陥りながらも、ヤンは渋々、無防備に、唖然とするラビアトに近づき、場所を移して2者間で話し合いを続ける。


 そんな中。


「ヘーゼン=ハイム。茶番はやめろ」


 デリクテール皇子が、一歩前に出て言う。


「要するに君は我々を脅しているのだろう? 言うことを聞かなければ、反帝国連合国に反旗を翻す、と」

「……」


 ヘーゼンは、その問いには答えない。


「だが、私はそれを信じないぞ。反帝国連合軍に寝返ったところで、どの国だって君を重宝したりはしないのだから」

「……」


 戦国において、君主への裏切りは致命的な汚点となる。仮に、ヘーゼンが帝都で戦闘を行い、結果、帝国が滅んだとして。12大国が、この危険な狼を受け入れるとは思えない。


 いや、五聖も大国の首脳も、この機会にヘーゼン=ハイムを滅ぼすような動きを取るはずだ。結果として、裏切った場合のメリットがどこにも存在しないのだ。


「……」


 やがて。


 ヘーゼンは、フッと微笑みながら答える。 


「そんな気はありませんよ、デリクテール皇子。先ほども申し上げた通り、私に帝国を滅ぼす意志はありません」

「であれば、すぐに北にーー」

「ですが、《《その覚悟はあります》》」

「……はっ?」


 その発言に。


 デリクテール皇子は、信じられない表情で聞き返す。


「正気か? 全てを失うかもしれないのだぞ?」


 その問いに。


 ヘーゼンは、揺るぎない瞳で答える。


「デリクテール皇子。覚悟ですよ」

「……っ」

「本気で全てを賭ける時は、自身の人生を、命を、魂を投げ打ち、ことにあたる。成功することだけを考え、その成功の可能性を上げるために、《《あえて不利な選択肢を行うと私は決めてます》》」

「……っ」


 その漆黒の瞳は、あまりにも禍々しかった。自分の思った通りにならなければ、躊躇なく他人を不幸に陥れられるような、純粋で、ドス黒く、狂気的で、真っ直ぐな眼差し。


「デリクテール皇子。私からも尋ねさせてください。あなた方に、覚悟がありますか?」

「……なんの覚悟だ」

「私を敵に回す覚悟が……です」

「……」


 仮にヘーゼンの要望を跳ね除ければ、帝都は即戦闘状態になる。そうなれば、帝国は瓦解し、機能不全に陥る。


 最悪、帝国は滅ぶ。


 その覚悟があるのかと、この男は脅しているのだ。


「「「……」」」


 当然、アウラ秘書官にも、デリクテール皇子にも、エヴィルダース皇太子にも、そんな覚悟など持てる訳がない。彼らは、帝国の実権を握っているが、最終的な支配者ではない。


 一方で、ヘーゼン=ハイムは彼自身の判断でのみ行動ができる。


「とんでもなく危険な男だな」


 デリクテール皇子は、一筋の汗をかきながらつぶやく。ここに来るまで、この男と対峙することを、あまりにも軽く考えていた。


 あまりにも、覚悟が足りていなかった。


 そんな中。


「ヘーゼン=ハイム……貴様の欲するものは、爵位不遵守の撤回だろう?」


 アウラ秘書官が尋ねる。


「さすがですね。その通りですよ。上級貴族たちに訴えられているので、法律的に爵位不遵守を避けることはできない。少しだけ暴れすぎたのでね」

「……君が力を貸してくれるというのなら、そのようにしよう。彼らの爵位を、即座に君の爵位よりも引き下げて、爵位不遵守を無効にする。さらに、今回の褒賞において四伯並みの褒賞を上乗せする」

「なるほど。よい案です」


 ヘーゼンが笑顔で答える。


 アウラ秘書官は、ホッと胸をなでおろす。もちろん、ヘーゼンにゼルクサン領とラオス領の実権を与えることは危険極まりない。


 だが、ここまで来ればそうするしかない。まんまと、その権利をぶん取られ、加えて四伯並みの莫大な功績を上乗せさせられるとは。


「わかった。すぐに、契約魔法の書類を作成しーー」

「ですが、上ですね」

「……上?」










 

 



















「上げてください……私を、10段階上の爵位『大師ダオスーまで」

「……っ」




 

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