劣勢
*
「あ、相変わらずだね」
竜騎に乗り合流したカク・ズは、引きずられている上級貴族たちを見てドン引きする。
「も、申し上げます! ラオス領北部の上級貴族は、ゼクシィ=デーヴスが『停戦交渉をしたい』と言ってきました!」
伝令が報告すると、ヘーゼンは即答する。
「全面降伏なら応じる。財産、兵はすべて没収。当主の座を降り、次期当主の任命権はこちらが決める。そう伝えてくれ」
「わ、わかりました!」
恐怖に引きつった顔を浮かべた伝令は、迅速にその場を離れて行く。
「そ、そんな無茶な要求通ると思うの?」
「中途半端な譲歩はいらない。竜騎も大分ついて来れるようになってきたので、蹴散らすさ」
「……」
後方には千余りの竜騎がついてきている。
「残り3拠点。そこで、竜騎兵の訓練を終わらせ、ゼルクサン領とラオス領の兵を取り込む」
「……それから、反帝国連合との戦だね。どこに攻めるの?」
「……」
ヘーゼンはその問いには答えなかった。
*
*
*
西方最大の平野ドルストラ。軍神ミ・シルは、英聖アルフレッドと武国ゼルガニアの王ランダルを相手に壮絶な戦闘を繰り広げていた。
「やはり……化け物だな、この女は」
ランダル王は、感心しながら答える。
3日ほど戦い続けているが、軍神ミ・シルの底が一向に見えない。剣獄ノ理で、絶大な威力の剣撃を幾度となく浴びせるが、蒼穹ノ鎧が完全にそれを弾く。
「まったく。噂以上に強く、華麗ですね」
英聖アルフレッドも、その実力に舌を巻く。
雷神ノ剣から繰り出される圧倒的な剣技と速度は、彼が生み出す魔法陣を、ことごとく打ち破っていく。
一方で。
「ガハハハハハハハハハッ! もう、終わりか?」
帝国軍大将のヴォルト=ドネアが豪快に笑う。地に伏しているのは、武国ゼルガニアの中核を担う将校たちである。
武国ゼルガニアの魔氷長ズビス、魔雷長バルド、魔士長ロギアド、魔弓長ザスレルの4人。いずれも、帝国軍の中将以上の実力の持ち主である。
だが、彼らが束になって戦っても、ヴォルト大将に傷つけることすら叶わない。
その時。
「お待たせしました」
食国レストラルの軍勢10万が到着した。先頭に立つのは、宰相のトメイト=パスタ。大きな銀眼鏡を掛けた、いかにも勤勉そうな若者である。
彼はゆっくりと馬で近づき、武国ゼルガニアの将校たちの前に立つ。
「無謀な真似をしますな。元四伯最強の魔法使いに、君たち風情が相手をするなどと」
「な、なんだとっ!?」
「まあ、あなた方の魔法使いとしての能力は申し分ない。君たちを……私が使って差し上げましょう」
銀縁眼鏡をクイッと上げながら、トメイト宰相は、自身の魔杖を地面に突き刺す。
「支配ノ理」
「「「「ぐあああああああああああああああああああああああああっ!」」」」
瞬間、魔杖から巨大な傀儡が出現し、その手から闇の糸が伸びる。地に伏していた4人は、壮絶な叫び声をあげ、瞳は真っ赤に染まり、先ほどの瀕死が嘘であったかのように、こともなげに立ち上がる。
「ほぉ…… 支配ノ理か。懐かしいの」
ヴォルト大将は、燃え盛るような瞳を向け、笑う。
「懐かしい……か。私は、竜鱗ノ理を見ると、父を思い出しますよ。あなたに、なすすべもなく殺された時のことをね」
「ガハハハハハハハハッ! その銀縁眼鏡……やはり、ヌシはペペロンチィの息子か」
「……極上の傀儡も手に入った。今度は、私が追い詰める番だ」
銀縁眼鏡をクイッとあげて、トメイト宰相は闇の糸で操る。
「う……おおおおおおおおおおおおおっ!」
魔弓長ザスレルが狂ったように千風ノ矢を解き放つ。瞬間、暴風を纏った矢が、数千発以上が放たれる。
「くっ……」
ヴォルト大将は、背中に生やした翼で縦横無尽に飛翔し躱すが、風の矢はそれを追尾して追いかけてくる。
先ほどの攻撃と比べ、追尾機能が追加され、速度も桁違いに早い。
そして。
「氷烈ノ刃」
「五月雨ノ剣」
「雷ノ葬槍」
魔氷長ズビス、魔雷長バルド、魔士長ロギアドが、それぞれヴォルト大将に魔法を放つ。いずれも、先ほどとは比較にもならないほどの威力だった。
「ぐああああああああっ!」
ヴォルト大将は直撃を喰らい、地に足を崩す。
支配ノ理の能力は、操る者の潜在能力以上の実力を引き出す魔杖である。だが、その分の反動は大きく、操られた者は引き出された実力に応じて身体が壊れる。
「ふん……策士が。ようやく姿を現したか」
ランダル王が不機嫌そうにつぶやく。彼からしてみれば、優秀な部下を餌として使われた形だ。無論、戦場は弱肉強食。文句など言う気はないが、それでもいい気持ちはしない。
だが、ダメージを負ったヴォルト大将を見ても、軍神ミ・シルに動揺した様子はない
「一つだけ忠告しよう。あの人の逆鱗に触れると怪我では済まない」
「……わかっていますよ。ヴォルト=ドネアの恐ろしさはね」
英聖アルフレッドは、含み笑いを浮かべる。
「何?」
「この戦はね……1つ抜ければいいんですよ」
「……」
ミ・シル伯は即座に馬を翻し、駆けようとする。
だが。
そこに琉国ダーキアの軍10万が、立ちはだかる。
眼前には、魔将軍ダーヴィンが立っていた。雄々しい漆黒の鎧を纏うこの魔法戦士は、歪んだ表情を浮かべ嬉々として叫ぶ。
「どこへ行く、軍神!? 血が沸き立つ極上の戦闘を楽しもうではないか!」
「……」
彼もまた、軍神ミ・シルと近距離戦で戦える数少ない魔法使いである。戦うこと自体を快楽とした、まさしく狂戦士と呼ぶに相応しい男だ。
そんな中。
英聖アルフレッドは、淡々と彼女に問いかける。
「どうして、あなたに話したと思いますか?」
「……」
「逃さない算段がついたのですよ。この3人であれば、少なくとも足止めは可能だ」
「……」
ミ・シル伯がヴォルト大将を見ると、すでに『逆鱗』は発動していた。竜の力を最大限まで引き出すことのできる能力であるが、それ故に理性が効かなくなる。
もはや、共闘は望めず、命令も指示も聞くことはない。
「帝国は軍神に頼りすぎた。その代償を、今、受けてもらいます」




