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破壊


           *


 ゼルクサン領北の主城、エネオース城の一室で。豪奢なベッドで途方に暮れていたジョ=コウサイは、伝令の報告で慌てて起き上った。


「へ、へ、ヘーゼン=ハイムが……こちらに向かっているだと!?」

「は、はい! 8千の竜騎兵を連れ、疾風のような速さで我らの城に向かっていると」

「ククク……ククククク……ハキャキャキャキャッ! ハキャキャキャキャキャキャキャキャキャ!」


 ジョ=コウサイは、ウサギのように目を真っ赤にしながら、甲高い声で笑った。まさか、こんなところで恨みを晴らす時が来るとは。


 睾丸破壊。


 ヤツがブッ潰したのは未来。名門コウサイ家に、自身の子孫を残せなくなったことで、もはや、当主としての存在価値は無くなった。


 必然的に家督は次男に譲らなくてはならず、一生タダ飯食らいとして、脛を齧って生きていくしかなくなった。


 あのヘーゼン=ハイムのせいで。


 しかも、自分はヤツに従い、海老剃り土下座をしたんだ。あんな屈辱に塗れた姿勢を、涙を飲んでやったのだ……にも関わらず、『嫌々は潔くない』という理由で、睾丸みらいが粉々になった。


 おもむろに、ジョ=コウサイは寂しい股間をまさぐる。


「全軍を持って迎えうつー! すぐに準備をさせろ!」

「りゅ、竜騎兵をですか!?」

「なんだそれは! そんなものは知らん!」

「……っ」


 伝令は、なぜか引き攣ったような表情を浮かべる。一方で、ジョ=コウサイは部屋に飾ってあった魔杖『白雪ノ太刀(シラユキノタチ)』を手に取る。


「我が魔杖は、名工デギウスに作らせた業物だぞ! あんな平民出の貧乏人には、絶対に手が出ないほどの魔杖だ! 勝てぬ道理はない!」


 それを高々と掲げながら、誇らしげな、うっとりした、自信満々な表情を浮かべる。


「……で、ですが」

「いいから、早く配置につかせろ! コウサイ家の力を存分に見せつけてやるのだ! ハキャキャキャキャッ! ハキャキャキャキャキャキャキャキャキャ!」


 甲高い声で笑いながら、ジョ=コウサイは重量感のある鎧を着込み始める。一方、伝令は狼狽えた様子で小さく返事をし、部屋を出ていく。


 1時間後、城郭に出ると、すでに1万8千の軍が配備されていた。


 完全なる美しい配置。申し分のない陣形。倍以上の兵数差がありながら、籠城している自分に勝とうなどと、ヘーゼン=ハイムとは、なんたるバカだろうか。


「ハキャキャキャキャッ! ハキャキャキャキャッハキャキャキャキャッ! 絶景絶景ー!」


 このエネオース城は、ゼルクサン領でも屈指の名城だ。晩餐会で上級貴族の面々は、まず、この美しい城の外観を褒め称える。


 だが、この城は、ただ壮麗なだけの城ではない。超一流の職人たちに造らせた頑丈なーー


「……えっ」


 ジョ=コウサイは、目を丸くした。遠くから小型の竜のような、馬のような、とにかく物凄い早い生き物が一直線にこちらに向かってきていたからだ。


「あ、あ、あれはなんだ!?」

「「「「「……」」」」」


 他の上級貴族たちも目を丸くしながら、物珍しそうに見入っている。ジョ=コウサイは、慌てて戻ってきた先ほどの伝令に尋ねる。


「あ、あれはなんだ!? あの竜のような馬のような……報告されてないぞ、あんなの!?」


「りゅ、竜騎です! 砂国ルビナの」

「だから、なんだそれは!?」

「……っ」

「黙ってちゃわからんだろうが!? なんとか言えーー」


 そう言いかけた時。炎の膜が絨毯のように正門に向かって敷かれる。守っていた兵たちは、慌ててその場から退避する。


「な……なんだアレは!?」

「わかりません! ただ、あの娘の隣の……まさか、グライド将軍……」


 伝令が口をあんぐりと開ける。


「そ、そ、そんなバカな! なんで、イリス連合国の大将軍がこんな所に……いや、ヤツは戦死したと聞いたぞ!?」

「間違いないです 一度だけ、見たことがある……忘れもしない。あの地獄のような光景を」


 震えながら伝令の下級貴族がつぶやく。


「嘘をつくな! 貴様のようなゴミが、なんでそんなことわかる! 貴様! 『戦場に行ってました』アピールか!? 所詮は下働きの使いっぱしりの癖に、何様だ格好つけて!」

「そ、そんなことを言っている場合ではーー」


 ジョ=コウサイが、伝令の胸ぐらを掴みながら凄んでいた時。


 ジジジジジジジジジジジジ……


「な、なんだこの音は!?」


 奇妙な、禍々しき音が聞こえてくる。


「おい! 聞いてるだろう!? なんだ、この音は!?」

「し、知りません! わかりません!」

「わからんじゃないだろう! さっさと答えろこの無能が!」


 ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジっ。


「……っ」


 音がドンドン近づいてくる。


 それは、どこまでも不吉に聞こえた。対峙する者に、とめどない焦燥と、せぐりくる不幸と、果てなき常闇を感じさせる。


「おい! おいおいおいおい! 近づいてくるぞ! なんだこのキモい音は! なんだと聞いている!?」

「だっ……から! 知らないって言ってるでしょう!」

「き、貴様! なんだその口の聞き方は! 私の爵位はなんだと思っている! 虫ケラのような貴様のゴミ爵位とはーー」


 ジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジジ……


時空烈断じくうれつだん


 なぜか、ジョ=コウサイの頭に声が響いた。聞こえるはずのない、あの悪魔のように冷たい声が。


 そして。


「……っ!?」


 正門は真っ二つに両断されて、無残に崩れ落ちた。


「ば、ばばば……ばばばばばばばばばばっ………-ばばばばばばばばばばばばばっ………ばばばばばばばばばばばばばかなっ」


 ジョ=コウサイは、震える声でつぶやく。このエネオース城が。超一流の職人に造らせた名城の正門が一発で。なす術もなく、崩れ落ちたというのか。


 その時。


 眼前に竜騎が現れた。雄々しい巨体が一瞬にして目の前に。理解ができなかった。ここは城郭だ。なぜ、なぜ、なぜ……


 それだけでなく。


「あごぱあ!」


 ジョ=コウサイにとんでもなく固い肉塊のような物体がぶつけられた。鋼鉄の縄で縛られた、血みどろになった肉の塊。最初は、生肉をぶつけられたと思ったら。


 だが。


「いっ……ひいいいいいっ」


 慌ててその肉塊を払いのける。そこにあったのは、人の腕……辛うじて形を保ち繋がれている腕があったからだ。


 そして。


「まさか……クラリ=スノーケツか!? おい、クラリ=スノーケツ!」


 グチャグチャの肉塊の中で、かろうじて右腕にタトゥが残っていた。忘れもしない。それは、お揃いで彫った友情の証。


 ともに四伯となり、勇猛に大陸を駆け巡ろうと誓った、あの青い春の思い出。


 なんで、親友がこんな目に。


「おい! クラリ=スノーケツ! 返事をしろ、クラリ=スノーケツ!」

「……」


 何度も何度も揺り動かすが、一向に生体反応を示さない親友を見て。


「許さない……ヘーゼン=ハイム……俺は貴様を、絶対にーー」


 ジョ=コウサイが、主人公然とした様子で、睨みつけーー


 !?


「うんぎゃあああああああああああああああ!?」


 ーーた瞬間に、2本の指を両目のぶち込まれた。


 そして。


 ブチブチブチッ。


「えんぎゃああああああああああああああああっ!?」


 残りの指で顔面を掴まれて、眼球を思い切り抉りり抜かれる。ジョ=コウサイは、そのまま地面に転げ回って、何度も何度も深呼吸をして熱い痛みをかき消そうとする。


「いひいっ……いひぃ……」


 カチャカチャ。


 目の光が完全になくなり、痛みで身体が灼熱のように熱い中で、何かに縛られている感覚がした。逃れたいと思ってもがくが、すでに身体は固定させられ、身動きが取れない。


 そんな中で。


 冷たく、淡々とした声だけが響く。
































「よし! 30分で制圧し、出発する。次は……西だ」



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