四伯(3)
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「そう言えば、学院生活はどうだ?」
「師がいるから、楽しさは半減してますけど、凄く楽しいですよ」
未だゴロゴロして居座るヘーゼンに、ヤンが答える。さっきから、邪魔過ぎる。かといって、外に出ようとすると、サボるなと言われるし。
「奴隷できたか?」
「『友達できたか?』みたいにサラッと言われた!?」
ヤンは、ガビーンと口を開ける。
「いや、僕が君くらいの時期には、もう作ってたぞ。いろいろと便利だから、なるべく早く作りなさい」
「昔話する老害みたいに話さないでくださいよ。もう1人抱えててお腹いっぱいなんですから」
だいたい、そんな類の話は、過去が美化され過ぎて盛られていることが多い。奴隷と言っても、パシリぐらいの感覚なんだろうなと、ヤンは解釈する。
「師こそ、院長代理として、しっかりやってるんですか? と言うか、私たちの授業をみっちりやっていて務まるんですか?」
「まあ、基本は管理・人事業務だから、やること自体は少ない。最近したことと言えば、学年主任のブルー=マスキを一般に降格し、バレリア先生を学年主任にしたくらいかな」
「……っ」
ひ、酷い。就任1ヶ月でサラッと下剋上しているあたり、院長代理として超強権を振るっているようだ。
「でも、教育者たる者、長い目で見ることも必要なんじゃないですかね? ブルー先生を降格なんて、少し我慢が足りないんじゃないですか?」
「時世的にな。女子学生の使用済み下着を販売する店に頻繁に通う教師だったから保護者のクレーム対策を兼ねてーー」
「ごめんなさい」
ヤンは、ペッコリと、謝った。
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リダルガイア平原。帝国の北方に広がる莫大な平野である。砂国ルバナ軍と帝国軍の戦は、すでに大勢が決していた。
「申し上げます! 竜騎兵団によって、左軍のナビリア少将、右軍のジオク少将が討たれました」
「……持ち堪えられなかったか。全軍撤退の準備を始めよ」
ザオラル=ダート大将は、冷静に判断し兵に命令を下す。竜騎兵団。なんという恐るべき機動力。
10万ほどの軍勢は、瞬く間に3万弱にまで削がれた。
そんな中。
「ククク……逃げられると思うのが、浅はかなことこの上ない」
「ギリシア=ジャゾ総統か」
大量の霧とともに、ルクセルア渓国の魔軍が出現する。この神出鬼没に現れる魔法使いたちによって、帝国の魔法隊は、ことごとく殲滅させられた。
そして、剣型の魔杖を持つザオラル大将にとっては、相性の悪い相手だ。
「クク……帝国は、調子の乗った代償を支払うべきだな。自分たちがブクブク太った豚であることも知らない哀れな存在ーー」
ギリシア総統が話している時、突然、地面が盛り上がり人の形を形取る。見る見るうちに、肌の色を成し、髪が生え、痩せ細った老人へと形成される。
ジオラ=ワンダ伯。帝国最強の四伯の一角であり、北軍の総指揮官である。
「ゴホッ……ゴホッ……まさか、このリダルガイアの大地にまで踏み込まれるとはの」
苦しそうに咳をしながら、白髪の老人はつぶやく。
「ククク……下が育ってないのは、苦労するな。そんな耄碌した状態でも、戦場に引っ張り出されるとは」
「魔法使いの業が、わかってないの……死ぬまでこんなもんじゃよ、ワシらは」
そう答え、ジオラ伯はシンプルなステッキのような魔杖をかざす。
特級宝珠の大業物『大地ノ理』である。
「土偶ノ兵」
魔杖を振るうと、遠方に配置された竜騎兵団の周囲を囲むように、土で型取られた兵が出現し、敵兵に向かって襲いかかる。
その数は実に数万にのぼる。
「……相変わらず、規格外の魔力ね」
ギリシア総統から笑顔が消える。
「ゴホッ……ゴホッ……地動烈波」
続けざま魔法を放つと、たちどころに大地がうなりをあげ、土が波のような形を変えて襲いかかる。竜騎兵団は、縦横無尽にその波を避け動き回る。
「これで、しばしの時間を稼いだ。あとは、ヌシら魔軍のみかの……ゴホッゴホッ……」
「じ、ジジイぃ……」
ギリシア総統が、唇を噛みながら悔しげな表情をするが、数秒後、すぐさま落ち着いた表情を見せる。
「まっ……いいでしょ。さすがは四伯最古の魔法使いといった所か。挨拶は済ませたので、互いの健闘を讃えましょう」
「逃すと思うか?」
ザオラル大将が自身の魔杖『烈風ノ太刀』を構える。
「ククク……ジオラ伯が来た途端、強気ね。帝国の底が知れるわ」
「させん」
太刀を抜き、確実に捉えた。
だが、ギリシア総統の姿は……いや、魔軍全員がその場から消えていた。
「ゴホッ……ゴホッ……ゴホッ……」
「師! もう、無理をしないでください!」
後から駆けつけた副官のラビアド=ギネスが、痩せ細った身体を抱き止める。
「心配……ない。ザオラル大将、撤退じゃ。あの竜騎兵団の若者、なかなかに優秀じゃ」
ジオラ伯が指した方向を見ると、竜騎兵たちは、ハンフリー団長の指揮下で、土の波を突破し、数万の土兵を駆逐し始めていた。
「……ベルモンド要塞まで退きます」
ザオラル大将はお辞儀をして、颯爽と馬を走らせた。
「ラビアト。この戦は厳しいものになる」
ジオラ伯は、副官の美女に向かって悲壮な表情でつぶやいた。魔軍総統ギリシアの指摘はあっていた。帝国は、中枢を下支えする、若き芽吹きが育っていない。
元四伯のヴォルト=ドネアは、軍神ミ・シルという後継者を得て世代交代に成功した。ラージス=リグラ伯、カエサル=ザリ伯は、中堅の世代に入り今が円熟期だ。
だが、自分だけが、年を老いて……今だそのバトンを渡せずにいる。
他の大国は。帝国という大樹に対抗しようと、あらゆる試行錯誤を重ねていると聞く。肌で感じて。この目で見て思い知らされた。
四伯という圧倒的な存在にあぐらをかいた上級貴族たちは、天空宮殿内で賄賂と縁故を駆使した出世競争に没頭し、若き可能性をことごとく潰してきた。
「このままでは……この先、帝国は衰退の一途を辿る」
いや、最前線の自分たち四伯が敗れれば、一気に反帝国連合国が雪崩こむ可能性だってある。
「ゴホッ……ゴホッ……責任は取らねばならん……大地ノ宴」
ジオラ伯が唱えると、数万の土兵を駆逐した竜騎兵団の足が止まる。大地に凄まじいほどの揺れが発生したからだ。竜騎たちがその異変に怯えて、そのまま動かなくなる。
「……凄い」
副官のラビアトが思わずつぶやく。
「あと、数回ほど入れれば十分な足止めになるじゃろ。籠城戦で、他の四伯の打開を待つ……ゴホッ……ゴホッ……」
白髪の老人は、咳き込みながらつぶやいた。




