檄
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帝都歓楽街。通りには高級妓館が立ち並び、妓婦が貴族を呼び込んだり、酔っ払いの貴族たちが店員に絡んだりしている。
そんな、とある店の地下牢で。手足に手錠をかけられ、吊るされた男が気絶していた。すでに、身体中には、痛々しいアザや、火傷の痕が刻まれている。
彼の名は、アーナルド=アップ(本名モズコール=ベニス)と言った。
帝都歓楽街を取り仕切る元締め『赤ちゃん』の元へ単騎で乗り込み、秒で捕縛された男である。
そして。
ビシャア。
「……うっ」
そんな彼の元に、容赦なく大量の冷水が浴びせられる。辛うじて目を開けると、そこには黒のタイトハイレグスーツを着た女が立っていた。
彼女は、モズコールの顎をガンづかみして凄む。
「誰が気絶していいって言った?」
「うっ……」
彼女は、自らを女王と名乗った。
「もう、許してくれ! こんな仕打ち、もう……耐えられない」
「ほぉ……やめて欲しいのか? なら、鳴け。犬のように、従順の意を示して、鳴け」
「……っ、ワン」
モズコールは、屈辱に震える声で戦慄く。
「あははははっ! そう、それでいいんだよ! もっと、鳴け! 獣のように、惨めったらしく」
「うーっ、ワンワンワン! ワンワンワンワン!」
「あははははははははっ! 本当にいい声で鳴く犬だこと」
女王は勝ち誇ったように大笑いする。
「クゥーン……クゥーン……うーっ、ワンワンワン! バウッ……グルルルルッ……ワンワンワンワン! ワンワンワンワンワンワンッ!」
「うるせええええええええええっ!」
「……う゛ぎぃ゛」
睾丸を激しく掴まれ、思わず喘ぎ声が漏れる。
「な゛、鳴゛け゛と゛っ゛……な゛げどっ゛、い゛ま゛、言゛わ゛れ゛だがら゛ぁ゛」
「誰が口答えをしていいと言った? まーだ、お仕置きが必要なようだねぇ」
「ひっ……びぎぃ゛……も、もう耐えられない。た、頼むから許してくれ……」
「ククク……」
女王は、飾ってある鞭を手に取り、嗤った。
・・・
「はぁ……はぁ……ぜぇ……ぜぇ……まだ、屈しないのかい?」
腕をパンパンに腫らした、女王がつぶやく。
一方で。
身体はすでにボロボロだった。だが、モズコールの目の光は、変わらず……いや、これまで以上に強く凛々と輝いていた。
「ああ……私には、守るものがある。だから……どんな拷問にも、屈する訳にはいかない。さあ、もっと……もっと鞭を!」
「くっ……このクソ豚があああああっ!」
女王が腕を振り上げようとした時。
「……っ」
まるで、その意志に反したかのように。
鞭は地面へと落ちる。
「う、腕が……」
かつてない感覚に戸惑う彼女に対し、モズコールはボソッと冷めた口調でつぶやく。
「おい……間隔が短くなってるぞ」
「……っ! こんのおおおおおおおっ!」
「はっ……ぎいいいいいいっ!」
女王が、我を忘れてモズコールの頸動脈を締め落とそうとした時。
「そこまでだ!」
颯爽とその場に現れたのは、サングラスをした男だった。精悍な顔つきのゴリゴリマッチョな男。
だが、口には、おしゃぶりが、入っている。
「赤ちゃん……なぜ、止める!? もう少しでコイツを」
「……下を見ろ」
「はっ……くっ……」
女王は視線を下に移すや否や、驚愕の表情を浮かべる。
「36時間……絶え間なく、これだけの拷問を受けながらも、コイツの闘争心は、いさかかも衰えていない。いや、それどころか……」
「はっ……くっ……ば、化け物か」
「感謝するんだな。このまま、この男を殺せば、お前の負けだった」
「くっ……うううううううっ! 畜生……畜生……」
うなだれる女王を通り過ぎて、赤ちゃんはモズコールに近づく。
「何が目的だ?」
「はぁ……はぁ……と、とりあえず、休憩が欲しいな」
「……おい!」
赤ちゃんは、恐怖で青ざめている隣の男に指示をする。
「用意してやれ」
「は、はいっ!」
「おい、いつも言っているがーー」
「常温……人肌くらいの感覚で、だろ?」
被せ気味に、モズコールがつぶやく。
「……ふっ」
赤ちゃんは、女握で、彼の胸を小突いた。
*
*
*
天空宮殿。豪奢の限りが尽くされた玉座に座す、第68代皇帝レイバースの眼前には、数百の家臣たちが立ち並んでいた。
その先頭に、四伯が片膝をつく。
「この未曾有の危機に、よく駆けつけてくれた。だが、そなたたちに、多くは語らない。いつも通り、その圧倒的な武をもって、帝国の威を示してくれ」
皇帝レイバースは、彼らに向かって静かなる檄を飛ばす。
「「「「はっ」」」」
四伯の声が一斉に揃う。
その後、政務大臣のゼレーラ=ジドンが、彼らの前に立ち口を開く。
「皇帝陛下の命を以て命ず。ミ・シル伯は、西の琉国ダーキア、食国レストラル、武国ゼルガニア連合軍の防衛を」
「かしこまりました」
蒼の全身鎧を着た美女が立ち上がり、颯爽と玉座の間を去る。
「ラージス=リグラ伯は、南の蒼国ハルバニア、凱国ケルロー、グランジャ祭国連合軍の防衛を」
「お任せください」
「カエサル=ザリ伯は、東の精国ドルアナ軍、ザシリア商国連合軍の防衛を」
「了解いたしました」
「ジオラ=ワンダ伯は、北のルクセルア渓国、砂国ルバナ連合軍の防衛を」
「全うして見せましょう」
それぞれが、端的な返事をし、玉座の間を去って行く。
更に、政務大臣のゼレーラ=ジドンが言葉を続ける。
「皇帝陛下の命を以て命ず。陛下の代わりとして、総指揮官をエヴィルダース皇太子に任命する」
「はっ! 全力を持って」
玉座の右隣にいた赤毛の眼光鋭い青年が、皇帝レイバースの前に行き、片膝をついて威勢のいい返事をする。
「皇帝陛下の名を以て命ず。総指揮官の補佐としてデリクテール皇子を任命する」
「微力ながら拝命します」
玉座の左隣にいた静かなる瞳を持った青年が、皇帝レイバースの前に行き、片膝をつき透き通るような声で返事をする。
そして。
皇帝レイバースは、全ての臣下に向けて語りかける。
「この国難において、身分、立場、派閥などは無意味だ。帝国の総力が一丸となって、防衛せよ」
「「「「「「「はっ!」」」」」」」
全員の返事が、玉座の間に響いた。




