思考
2人が去った後、ヤンは少しあの夢のことを考えていた。なぜ、あんな光景を見たのか。螺旋ノ理とは、いったい、なんなのか。
そんなことを思い巡らしながら、部屋から出た。
「やあ」
「……」
パタン。
即座に、ドアをソッ閉じする。いや、病み上がりにヘーゼン=ハイムはきつい。もう、ちょっと寝よーっと、ベッドの方に振り向くと。
「具合はどうだ?」
「……最悪です」
なぜか、室内の椅子に座っている。この前から、いったい、どうやって部屋に侵入しているんだ。だが、そんなヤンの考察など虚しく、目の前の異常者は淡々と分析を始める。
「ふむ……螺旋ノ理の後遺症かな。それとも、グライド将軍の意識に引っ張られてるのか……」
「単純に私が師を目にした、率直な感想ですけど」
「ははっ」
「冗談じゃないんですけど!?」
なんたる、精神強者。
「まあ、君の情緒など、どうだってよくて」
「大陸一嫌悪感を抱く語り口!?」
すなわち、ガビーン。
「召喚して見せてくれ」
「はーい」
だが、悪魔耐性待ちのヤンはすぐに切り替え、返事をして、グライド将軍の幻影体を出現させた。
「……なんじゃ、この若者は。明るい未来が待ってそうで気に入らないから、潰していいかの、ワシ?」
「老害が調子乗りすぎてる!?」
おい、エキセントリック、ジジイ。
そいつは、ヤバいぞ。
「ぜ、ぜひ、お願いしたいんですけど、多分、無理だと思います」
と答えつつ、恐る恐る振り向く。だが、ヘーゼンは怒る様子も、蹂躙し尽くして千回殺す様子もなく、淡々と観察している。
「……どうやら、僕のことは覚えていないらしいな」
「そのようですね」
悪魔耐性を持つヤンは、なんだかんだ考察に追随する。
「やはり、本物は消滅しているから、人格としては別だな。操作はできるのか?」
「はい。こんな感じで」
ヤンは、グライド将軍の腕を上げ下げする。
「……なるほど。魔力は繋がっている訳か」
「火炎槍と氷絶ノ剣を使用したんですけど、魔力切れでぶっ倒れました」
「それは、君が修行不足なんだ」
「えっ?」
「魔力の消費量は、放出の仕方によって大きく左右される。ヤンの潜在魔力量を考えれば、相当無茶な使い方をしなければ、魔力切れになることはない」
「そ、そんなこと言ったって、このお爺ちゃんがドンドン考えなしにぶっ放すんですよ」
「そこをコントロールするのが、君の役割だろう? 一度、飼い始めたんだから、最後まで面倒を見なさい」
「……っ」
さすがに犬扱いはマズイ、とヤンが振り向く。だが、当のグライド将軍は、気にする様子を見せずにボケーっと呆けている。
「ふむ……本物と反応が大分違うな」
ヘーゼンはマジマジと観察しながらつぶやく。
「わ、ワザと挑発したんですか? やめてくださいよ、ヒヤヒヤする」
「……僕の言動に反応してないみたいだな。視界では見えているのだが、存在として認識していない感じだ。上手く言葉にするのが難しいが」
「……」
確かに、そう見える。元々、自分の言いたいことだけを言う頑固ジジイスタイルだが、少なからずヤンの質疑には答えていた。だが、ヘーゼンの言動には、一切のリアクションを取らない。
「師。ライエルドって人知ってます?」
「雷帝ライエルド=リッツ。100年ほど前に活躍した食国レストラルの英雄だ。大業物の雷轟月雨と言う魔杖で、建国の礎を築いた人物だと記されているな」
「……」
恐らくその人だ、とヤンは直感的に思った。
「アリーシャって名前はどうです?」
「それは……わからないな。少なくとも、大陸の歴史上に乗るような者ではないと思うが」
「……わかりました。ありがとうございます」
なんだか、妙にさっきの夢が気にかかってしまう。ライエルドと呼ばれた老人の、あの表情。まるで、何かに追い立てられているようだった。
「それよりも。今後の侵攻に対しての反撃だが」
「わかってますよ。グライド将軍を操って、戦況を変えろって言うんでしょう?」
「いや。なるべく使うな」
「……ん? なんでですか」
ヤンが首を傾げる。
「1つは、君の修行にならない。次のステップは、全属性の魔杖を扱うことだ」
「そ、そんなにも!?」
「特に火と氷属性以外を使えるようになりなさい。恐らく、グライド将軍の影響で属性がそちらに寄ってしまっている。均等に使えるに越したことはない」
「……わかりました」
非常に納得のいく説明だ。
「もう1つは、対外的なものだ。元々、君の覚醒は頭に入れていたが、予想以上に強いものだった。これでは、バランスが悪い」
「他の軍とのバランスってことですか?」
「それもあるな。だが、一番は、敵とこちらとの戦力のバランスだ。僕は、拮抗を求めている」
「……」
相変わらず、怖い男だ。あの戦以降、敵側の老将マドンは、戦力を拮抗させるような戦略を取ってきている。こちらの兵を徐々に減らすような耐久戦に持ち込もうと言うのだろう。
すでに、それがヘーゼンの策謀の中にいることなど、夢にも思わないだろう。
「……」
ヤンはジッと考え込むヘーゼンを見つめる。この人の頭には、いったい、どんな図が見えているのか。
「師……今、何を考えていますか?」
「……モズコール」
「変態のこと考えてた!?」




