目覚め
*
ヤンは、夢を見ていた。
そこは、戦場だった。夥しい血の飛沫。焼けるような皮膚の臭い。数万を超える死体が転がる中、2人の男が激闘を繰り広げていた。
1人は、若く精悍な顔つきをした男。その両手には、火炎槍と氷絶ノ剣を持っている。
もう1人は、剃髪の老人だった。その身体は痩せこけ、今にも骨が見えそうなほど。まるで、病人のように顔色が悪い。右手には、細長い棒のような魔杖を持っている。
若き男は、圧倒的な剣技を振るう。火炎槍と氷絶ノ剣を完全に使いこなし、まるで炎と氷が舞いを踊るように精緻だった。
一方で。
剃髪の老人は、熟練した魔法を駆使していた。自らの身体に雷を纏わせ、縦横無尽に、あらゆる場所へと出現し、無数の雷雨を大地に降らせる。
数日ほどの激闘を経て。
剃髪の老人が、大地に崩れ落ちた青年を見下ろしていた。
「……負けたか。だが、いい勝負だった」
若き青年の顔に、未練は微塵も感じなかった。だが、彼の観察していた老人の様子が、異常に異様であった。
やがて。
「そうか……次は貴様か」
と、つぶやく。
「何を言っている? さあ、トドメをーーっ」
突如として。
剃髪の老人は自らの心臓に手を入れ、拳ほどの大さの珠を取り出す。それは、あまりにも禍々しく、凶々しく、真我真我しかった。
「ライエルド。貴様、何を……ぐあああああああああああああああああああああああああっ」
剃髪の老人は歓喜していた。目が血走り、一心不乱に青年の皮膚を裂き。
その珠を心の臓にぶち込む。
「これで……ようやく……解放される……アリーシャ……」
剃髪の老人は、つぶやき。
その場で灰になり消滅した。
やがて。
ただ1人だけ生き残った若き青年は立ち上がり、戦場をゆっくりと歩き戻った。
*
目を開けると、そこは見知らぬ天井だった。
「気がついた?」
「……ヴァージ、ロリー?」
手を握っている2人に、ヤンが声をかける。まだ、頭がボーッとする。
おかしな夢だった。若い青年は、昔のグライドだろうか。そして、あの白髪の老人はーー
「だ、だ、だ、大丈夫ですか!? どどどどこか痛いところはありませんか?」
ロリー=タデスが思考を遮り、アセアセとテンパりながら心配をする。
「……うん、少し身体が重いけど、なんともない」
「もう! 心配させて!」
ヴァージニア=ベニスが、目に涙を溜めながら怒る。でも、なんでだろう。全然、怖くない。
「うん……ごめんね。ヴァージ」
そう言いながら、ヤンは彼女の頭をポンポンと叩く。なんか、最近同じようなことが多い気がする。前は、ラスベルに怒られたっけ。
似てるな、ヴァージニアとラスベルは。
きっと、この子も素敵な女性になるんだろう。
「あっ! そう言えば」
ヤンは慌てて、起き上がる。色々な記憶を遡っていくと、いても立ってもいられなくなった。
「な、なんか。魔杖ある?」
「え、え、えっと……これ、練習用の魔杖です!」
ロリーが、壁にもたれかかっていた魔杖を手渡す。
「えい!」
ヤンが念じて魔杖を振るうと、火炎弾が壁に的中した。
「出た……やっ……た……やったやったやった……やったーーーーーーー!」
「も、も、も、燃えーーーーーー!? ももももも燃えーーーーーーーー!?」
「何やってるの!? 早く消して! 水水水水ー!」
ロリーとヴァージニアが慌てて消火活動に勤しむ。
やがて。
拳骨数発を経て。
「とにかく魔法を使えるようになったってことね」
ヴァージニアの言葉に、頭をスリスリとさすりながら、ヤンが喜ぶ。
「うん! ヴァージ、ロリー。今まで、本当にありがとう」
「い、い、い、いえ。わわわ私なんて、何もしてませんし」
「そんなことない!」
ずっと練習に付き合ってくれたのは、この2人だ。他にも特別クラスの生徒たちも、地方将官の人たちも合間で手伝ってくれていたから、後でお礼を言おうとヤンは決心した。
「にしても、いったい、何が起きたの? 噂では、あのイリス連合国の英雄グライド将軍が出たって聞いたけど」
「あっ、そうだ!」
ヤンは思い出したように叫び、目を閉じて念じる。
すると。
「ふぁー。呼んだか?」
「……っ」
なんかスッと出てきた。
「「……っ」」
ヴァージニアとロリーがビックリして固まる。
「ん? なんじゃ、コイツら。殺していいか?」
!?
「ダメですよ! 絶対にダメ! いったい、何を考えてるんですか!?」
「目上の人を前にして、先に挨拶しない者嫌いじゃ、ワシ」
「相変わらず老害過ぎる!」
なんたるクソジジイ。やっぱり、夢でもなんでもなく、身体の中にグライド将軍が住んでいたのだ。
「でも、なんで急に邪魔しなくなったんですか? 前まで凄い嫌がらせしてたのに」
この老害は、『若い者が簡単にやってのけるのが嫌い』という理由で、ヤンの魔法を阻止していた。
「一度コツを覚えるとな。なかなか止めるのが難しくなる。それに、ちと飽きた」
「くっ……」
なんたる勝手ジジイ。あれだけ振り回しておいて、なんたる言い草。そして、そんな会話を、ポカーンとしながら聞いている2人。
「あの、ヤン。この人はいったい……」
「あっ、ごめん。紹介します。この人はイリス連合国のグライド将軍。昔は凄かったけど、今はただの老害」
ヴァージニアとロリーはガビーンとした。




