心配
*
朝。ヤンは、目が覚めた。
「……」
周囲を見渡すと、やはり、夢ではない。今いるのは、ゼノバース城。豪華なベッドに、豪華な家具の数々。さすがは上級貴族が住む城だと思うのと同時に、止めどない虚無感が襲いかかる。
ナンデワタシハココニイルノダロウ。
寮のベッドは固かったし、毛布も薄かった。家具だってボロボロのものが多かったけど、そんなの気にならないほどワクワクした。朝だって眠いけど、日が昇るのが待ち遠しいかった。
「はぁ……」
ヤンはため息をつきながら、部屋のドアを開ける。
「おっ、おはよう。ちょうど、よかった」
「……」
バタン。
ヤンは硬く扉を閉め、カチャカチャと鍵を掛ける。こんな沈んだ気分で、朝からヘーゼン=ハイムはキツい。
「話の途中で失礼な。マナーが悪いから、直しなさい」
「……っ」
いる。さっきまで、ドアの向こうにいたハズの異常者が、今は豪華な椅子に座って頬杖をつき、足を組んで、なぜか部屋の中にいる。
なんで……
「なんでだと思う?」
「……っ」
心まで読んでくる。
「あーもう! なんなんですかなんなんですかいったいなんなんですかー! ヤダヤダヤダヤダヤダー! 普通に学生ライフを満喫したーいー!」
ヤンが床に寝っ転がって、ゴロンゴロンと駄々を捏ねる。
「そんなことより、これ見てくれ」
「めちゃくちゃ雑に片付けられた!?」
寝転びながら、ガビーンする。
「……えっ! もう、包囲されてます!?」
それはさておき、遠目に報告書を確認したヤンは、驚いた表情を浮かべる。
「ああ。敵の動きが想定よりも早く緻密だ」
「……敵にいい軍師が入りましたかね?」
「恐らくな」
「ラスベル姉様は?」
「烈火の如く働いている。彼女は、君のような怠け者とは違うのだよ」
「し、失礼な! ちゃんとやってましたもん」
「結果が出てなかったら、やってないのと同じだ。すなわち、君は、何もやってない」
「……っ」
ガビーン。なんて酷いことを言う男だろうか。これで、よく教育者を名乗っているなと心の底から憎らしくなる。
実際、昨日も夜遅くまで魔法の修練をしていた。クラスメートのヴァージニアとロリーも、自分の魔杖の調整もあるのに手伝ってくれた……結局、魔法はウンともスンとも放てなかったが。
「敵の動きは、想定よりも相当に早い。対して、こちらの動きは想定よりも遅い。このままじゃ負けるな」
「……わかってますよ」
ヤンは口を尖らせて答える。
「なんか、コツみたいなのはないんですか?」
「死ぬ気でやる」
「の、脳筋すぎる」
とは言いつつ、ヘーゼンが、ヤンのスパルタ教育については労力を惜しまないのを知っている。コツを教えてくれないのは、何か理由があるのだと推察するが。
「ただ、1つ。グライド将軍のことを思い出してみたらどうかな?」
「……あの、おじいちゃんか」
そう言えば、たまに夢に出てくるなと思い出す。不思議な感覚で、ヤンの意識の中に別の意識が混じり込んでいる感覚。
「相当な強敵だったからな。すぐさま、あの規模の魔法を使うのは無理だとは思うが、まあ、頑張ってくれ」
「……はーい」
去っていくヘーゼンを尻目に、ヤンは返事をした。
結局、いったい、何をしに来たんだろう。そんな疑問は残りつつ、支度を済ませて部屋を出た。
「あっ! ラスベル姉様。おはようございます!」
「おはよう、ヤン」
「……」
彼女は、ハツラツな笑顔を浮かべるが、若干疲れも見て取れる。少しでも力になれたらと思うが、ヤンはヤンで、人のことを構っている余裕がない。
「ところで、師は見なかった?」
「つい、さっきまで、ここにいましたけど。結局、何をしに来たのか、よくわからなかったけど」
「あなたの修練の進捗が、心配だったんじゃない?」
「そのためだけに? まさか」
……いや。
ヤンはすぐさま、部屋の隅々を調べ出す。
「ど、どうしたの?」
「あの師が、ただ、私の部屋に来るなんてこと信じられないです。絶対に、なんか、罠でも仕込んでるに決まってるんです」
そんな風に答えると、ラスベルはフッと笑みを浮かべてため息をつく。
「そんなことないって。割と、あなたの教育には頭を悩ませてるみたいだけど」
「師がですか? まさか」
「この前だって……フフッ」
ラスベルが不意に思い出し笑いを浮かべる。
「ヤンが友達たちと魔法の修練してるのを見て、しばらく悩んで、自分から教えるのをやめたりしてたし。今日だって、そんな感じだったんじゃない?」
「そ、そうなんですか?」
信じられない。あの即断即決の男が? だから、部屋の前に黙って立ってたってこと?
「……まさか。仮にそうだとしても、私をコキ使うために決まってます」
ヤンはブンブンと首を振る。
「フフッ、さあ、どうかしらね。じゃ、私は行くから」
「……」
ラスベルが去った後、ヤンは部屋の中でしばらく立ち尽くしていた。
そして。
「ふーん。あの、師が、私のことを心配……ふーん」
なんとなく、照れくさくて、思わず独り言を言ってしまう。なんだか、心が落ち着かなくて、床でゴロゴロ、ゴロゴロ転がる。
そして。
天井を見つめながら、しばし固まる。
この気持ちは、なんなのか、よくわからないが、なんとなく嫌な気分ではないように思う。あの、感情のないヘーゼンが自分のことを心配なんて……
「ん?」
て、天井に変な魔法陣が仕込まれてる!?




