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マドン=ケトラ


           *


 カカオ郡から追い出された上級貴族たちは、最寄りの南マメノ郡ガゼルベア城に到着した。彼らは、すぐさま、晩餐の支度をさせ、ワインを浴びるように飲みながら轟々と非難を言い合う。


「あのクソカスゴミがーあ! 私よりも低爵位の分際ーで! 絶対に許さなーい!」


 ドスケ=ベノイスが、地団駄を踏みながら怒り狂う。


「間違いないです。本当に、間違いないです」


 隣のアルブス=ノブスが、ウンウンと相槌を打つ。


「まあ、いいではないですか。こうして、あちらが先手を打ってきたことで、私たちも遠慮なく攻撃に移れると言うもの」


 ダッチク=ソワイフは、ワインを舌でコロコロと転がしながら答える。


「ふっ……我が家に代々伝わる3等級の業物『霧炎竜剣ひょうえんりゅうけん』の出番が来ましたかね」


 ウーマン=ノチチが、執事に自身の持つ魔杖を掲げさせる。


「ほぉ……それが、あの名工ヅカゼ=ミエの作品……壮観ですぞ。いや、しかし、我が家の『土連撃攻どれんげきこう』も負けてはいませんぞ」


 クラリ=スノケツもまた執事に自身の魔杖を披露させる。そうして、次々と魔杖の自慢大会が開催される中、部屋の扉が開いた。


 入って来たのは総白髪の老人だった。


「おお、来たか」


 半分ほど酔っ払ったジョ=コウサイが近くに呼び、上級貴族たちに紹介をする。


「20年前のガルサール戦役で奇跡の大逆転劇を起こした老将マドン=ゲトラです。帝国将官から退役して、我が郡のガナスッド地区の領主をやってたところを連れてきました」

「……よろしくお願いします」


 総白髪の老人は、深々と頭を下げる。


「ほぉ……あの有名な戦で。帝国が9割方負けていた戦だと聞きました。いや、素晴らしい人材をお持ちですな」

「いえいえ。まあ、我々クラスになれば、優秀な人材など数多くお持ちでしょう? わざわざ、我々が直接手を下さずともねぇ……なあ、マドン?」

「……はっ」


 完全に酔っ払ったジョ=コウサイは、老人の肩をがっしりと組んで尋ねる。


「で? 貴様なら、どう攻めるのだ?」

「カカオ郡の周囲の通行を全て封鎖し、八方から一気にすり潰します……もちろん、徹底的にヘーゼン=ハイムを避けながらです」

「……ふん。消極的な策だーな」


 ドスケ=ベノイスが面白くなさそうにワインをガブ飲みする。だが、マドンは動じることなく淡々と理由を説明する。


「相手は、元イリス連合国の大将軍グライドを破った戦闘の天才です。正面からぶつかれば、被害が大きくなるのは自明の理。だが、所詮は多勢に無勢。彼だけの力では、広大なカカオ郡は守りきれません」

「ふふっ……ドスケ殿、いいではありませんか。要するに、我々が相手にする価値もないということですよ、ヘーゼン=ハイムなどと言う元平民風情は」

「……確かに、そうだーな」


 ドスケ=ベノイスは思い直して、更にワインを飲み干す。その様子を見ていたマドンは淡々と話を続ける。


「では、この作戦で進めてもよろしいですか?」

「その前に……必ず勝てるんだろうなぁ?」


 ラフェラーノ=クーチが、ひょっとこ口で釘を刺す。


「……あちらには人材がいません。仮に準備したとしても、渋とく長期戦を継続していけば、いずれは継戦能力を失い音を上げます」

「それはいい。もちろん、皆様のお力もお借りしなければいけませんが、相違はありませんかな?」


 ジョ=コウサイが上級貴族たちに尋ねると、全員がワイングラスを高々と掲げる。


「ふっ、さすがは皆様。わかっていらっしゃる。マドン、準備を進めてくれ。だが、失敗した時はわかっているだろうな?」

「……もちろんです」


 マドンは深々と礼をして、その場を去った。


 部屋の外に出ると、1人の青年が待っていた。セミス=リゴル。この老人の一番弟子である。


「どうでした?」

「全権を任された」

「す、凄いじゃないですか。これで、もしヘーゼン=ハイムを負かすなんてことがあればすーは一躍大陸に名が轟きますよ」

「そんな気は毛頭ない」


 マドンはキッパリと言い切る。たまたま、自領の上級貴族に呼ばれ、命令に従っただけだ。彼はすでに帝国将官を退役し、悠々自適に隠遁生活を送っていたところだ。


「でも、よかったんですか? 私は、あのいけ好かない上級貴族たちは大嫌いですけどね」


 セミスは扉越しにベーッと舌を出す。


「仕方がない。負ける方に賭けるほど、愚かでも若くもないのでな」


 手堅く戦術さえ間違えなければ、この戦は勝てる。一方で、ヘーゼン=ハイム側は、相当な逆転劇を起こさねば負ける。


「セミスはよかったのか? 私のことは気にせずともよいのだぞ?」

「何を言ってるんですか! 今までも、これからも、私は、すーの1番弟子です」

「……私がお前なら行っていたがな」


 せめて、もう20年若ければな、とマドンはため息をつく。


 どれだけ自己を研鑽し高めても、結局は、あの愚かな上級貴族たちに仕えなければ生きていけない。そんな、不条理な世の中に憤った時代じきもある。


 だが、1人がその流れに逆らったところで、所詮は無力だ。


 確かに、名門家の上級貴族たちには彼らのようないけ好かない連中は多い。しかし、彼らの元に優秀な人材がいないかと言えば、そうではない。


「セミス。すぐに、各郡にいる強力な魔法使いの編成を始めなさい」

「わかりました」


 人口比に対して、優秀な者たちは一定数いる。ゼルクサン領、ラオス領の者たちを結集すればカカオ郡を包囲・殲滅できるだけの戦力はすぐに揃うはずだ。


「さて……ヘーゼン=ハイムはどうするかな」


 白髪の老将は、フッと笑みを浮かべた。

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