サックス
*
特別軍事訓練についての契約を済ませた生徒たちは、ヘーゼンと共に、カカオ郡のゼノバース城に移動した。
門の前に到着すると、そこには一人の中年紳士が立っていた。
彼に気づくと、ヘーゼン、ラスベル、ヤンの表情が如実に曇り、唯一、ヴァージニアの表情が明るくなった。彼女は、目一杯手を高く上げブンブンと手を振る。
「お父様ー!」
「……ふっ」
モズコールは爽やかな笑顔を浮かべ、背中に隠していたサックスを取り出し、滑らかな手つきで音を鳴らし始める。
指が高速で上下に動き、曲が奏でられる。時に優しく、時に激しく上半身を動かし、まるで、その動作自体が旋律の一部であるかのように。
「……」
「……」
「……」
「「「「「……」」」」」
・・・
ふ、普通に上手い。
だが。
「「「……」」」
な、なんの時間だろう……と一部の者たちは思った。
それから、15分が経過しただろうか。長尺の曲をフルに演奏し終えたモズコールは少々汗ばみながら、優雅にお辞儀をする。
「ようこそ、ゼノバース城へ。特別クラスの皆様、歓迎いたします」
「「「「「……」」」」」
誰も何も言わない。
「フフ……お父様は、昔、少し名の知れたサックス奏者だったの」
「いや、若気の至りでお恥ずかしい」
モズコールはポリポリと頭をかく。
「……さて。早速、特別軍事訓練を始めよう。まずは、編成だな」
ヘーゼンは、強引に仕切り直して説明を始める。
「ラスベル、君が実質的な指揮官だ。僕が不在の間は、ゼノバース城の領主代行もしてもらうことになる。責任重大だから、よろしく」
「わ、私ですか? 私よりは、まだ魔法を使えないヤンの方が……」
「戦場で、死ぬ気で覚えさせる」
「……っ」
ガビーンとした表情を浮かべる黒髪少女を尻目に、ヘーゼンは特別クラスの生徒たちに向かって説明する。
「まず君たちは支給した魔杖の訓練からだな。5等級以上の業物は魔力操作は難しい。あと、3日ほどは時間があるので、そこでなんとか覚えてくれ」
「み、短っ!」
数名の生徒たちが、思わず悲鳴のような声をあげる。
「戦場は待ってはくれない。死にたくなければ一刻も早く覚えることだね」
「……っ」
ニッコリ。
生徒だからと言って、全然手加減をしない異常教師。
「次にカカオ郡に所属する下級貴族たちと合流し、合同で訓練を実施する。戦場では連携が大事だから、一般兵などともしっかりとコミュニーケーションを取るように」
「……」
生徒の1人がゴクリと生唾を飲む。
「相手が大人だからと言って、決して遠慮はしてはいけないよ。意見の尊重はすべきだが、大事なことを伝えないと、死んで後悔すらできなくなるからね」
「……っ」
すぐ、死ぬじゃーん、と数名の生徒が驚愕の眼差しを浮かべる。
「とまあ、こんなところかな。城のものは好きに使ってもいいし、いくらでもくつろいでくれ。細かいことは言わないが、早く一人前にならなければ、その代償は死で贖うことになる」
「……うぼおおおおえええええっ」
更に数名の生徒が、プレッシャーで嗚咽する。
「あとは……そうだな。後で、指揮官のバレリア先生を連れて来る。かつては『戦場の隼』と謳われた人だ。よく学び、よく盗みなさい」
「……」
絶対に無理矢理だろうなと、ヤンがジト目で見る。
「と、これぐらいかな。では、僕の話は終わりだ。モズコール、サックスも程々にして、城の中を案内してくれ」
「かしこまりました」
モズコールは紳士のような笑みを浮かべて、特別クラスの生徒たちを案内する。
「うっわー。広ーい」
城の中に入ると、生徒たちがたちまち色めき立つ。この特別クラスには、下級貴族や平民たちが多いので、上級貴族が所有する城などは入ったことすらない者が多い。
モズコールは先頭を歩きながら、施設等の説明を始める。まずは、厨房に到着し、足を止めた。
「食事に関しては、料理人がいますので、好きなタイミングで好きなメニューをお申し付けくださいませ」
「えー! なんでもいいんですかー?」
「もちろん。ただし、食べ過ぎは自己責任ですよ」
「わかってますよー」
そんな取り止めもない会話に、ドッと生徒たちから笑い声が沸き起こる。
そんな感じで寝室、魔杖製作の工房、訓練所、次々と施設を巡って行く。ヘーゼンが去って極度の緊張感から解放されたからだろうか、全員のテンションが遠足モードに変わる。
廊下で歩いている時、
「モズコールさんは執事なんですか?」
男子生徒のガゼル=ベアが質問をする。どうも、ヴァージニアのことが気になるようで、教室でもチラチラと彼女のことを見ていた子だ。
「いえ。私はヘーゼン様の第2秘書官になります。主には社交業務を生業にしてますかね」
「へぇ……なるほど。ヘーゼン先生ともなると、優秀な秘書官がいらっしゃるんですね」
「あはは。お恥ずかしい。私も娘がいるもので、つい、力が入っちゃってますね……ほんの、ちょっぴりね」
モズコールは悪戯っぽい笑みを浮かべて、指でCのマークを形どると、生徒たち(ヤン以外)がドッと笑い出す。
「まあ、お父様ったら。サックスを披露するなんて、私、恥ずかしかったんだから」
「ごめんごめん。でも、まだ衰えてなかっただろう?」
「うん。みんな、驚いてたもの。カッコよかったー」
「……」
満面な笑顔を浮かべるヴァージニアを、ガゼルが羨ましそうに見つめる。
「サックス……やってみるかい?」
そんな視線に気づいたモズコールは、人差し指と中指を交互に動かす。
「えっ?」
「ほら、せっかくだから。学生活動はもちろん勉強の場だが、それだけではない。人生を豊かにするには、自分の趣味を見つけることも重要だと思う」
「は、はい!」
「ヒヒ……よかったなぁ。ガゼル」
「な、なんのことだよ!」
ふざけ半分で囃し立てる生徒に、顔を真っ赤にして怒るガゼル。そんな、ほのぼのした光景を見ながら、特別生徒たちがドッと笑う。
「……っ」
色々な意味でキツいと、ヤンは、ただ1人目を逸らした。




