拒否
夕暮れになり。カク・ズの元にヘーゼンが訪れた。その間、誰も近づく者はいなかった。すでにディオルド公国の兵たちは撤退している。
「……解放」
ヘーゼンは、微動だにしないカク・ズの鎧に触れて口にする。すると、鎧が剣と同化した。そのまま崩れ落ちるカク・ズの身体を、ヘーゼンは支える。
「おい、大丈夫か?」
「ヘー……ゼ……ン?」
「……」
辛うじて声が出たという感じだ。身体を触っても全身の骨と筋肉がイカれているのがわかる。以前、数回試しては見たが、ここまで酷い症状は無かった。
「……よく守ってくれた、カク・ズ。君がいなければ、この要塞は落とされていたかもしれない」
「ギシシ……腹減ったぁ」
思わずカク・ズが幼い口調を出す。学院時代の時の笑い声が出るということは、かなり意識が朦朧としている証拠だ。
「今日はいつもの100倍働いたから、100倍食べていい」
「ギシッ、ギシシシ……よかっ……た」
「……おい、この勇者を医務室に運んでくれ」
ヘーゼンは周囲にいた兵たちに指示する。
しかし、誰も来ない。
その時。初めて、黒髪の青年に不快の色がこもる。
「どうした? 君らは、命の恩人に対して、そのような礼で返すのか?」
「……いや、私が支えよう」
「ロレンツォ大尉は、これから私と作戦立案がありますから。おい、早く来い」
「し、しかし……」
「おい……あまり、僕を怒らせないことだ」
「……っ」
強大な威圧感が、周囲の兵たちを襲う。
「わ、私が! おい、行くぞ」
今しがたこの場に到着したバズ准尉率いる第8小隊が、カク・ズを支える。彼を見たヘーゼンは一旦、深呼吸して冷静に尋ねる。
「……どうしてここに?」
「ヘーゼン少尉を探していたのです。一言、お礼を言いに」
「そうか……ならば、頼む」
ヘーゼンは淡々と答えた。そんな中、ロレンツォ大尉が申し訳なさそうに口を開く。
「あの異様な戦い方を見て、味方である彼らも怯えてしまったのだと思う」
「ギザール将軍から逃げ惑った彼らを助けたのはカク・ズだと聞いてます。そんな英雄に怯えを? よくわからない感情ですね」
「人は、誰もが君のように強い訳ではない」
「わかりませんね。犬だって、一宿一飯の恩を忘れたりはしない」
「……」
軽蔑の眼差しで言葉を吐き捨てる。
中央門と西門では、あまりにも熱気が異なっていた。第二大隊は、確かにヘーゼンを英雄と祭り上げていた。その戦い方は、まるで神話のようだと讃えられた。
元々第二大隊に組み込まれている第4中隊はヘーゼンの強さを目の当たりにする機会が多かった。そして、ロレンツォ大尉の隊なので、誰もが好意的な視線でヘーゼンを見ていた。
それに比べて、カク・ズの存在はあまりにも異端だった。
第一大隊と第三大隊は、カク・ズの存在自体をそもそも認識していなかった。突然、降って湧いたような、野獣のような男に、異常なほどの殺戮能力に、混乱を隠しきれなかった。
「貴様か? ヘーゼン少尉。こんな化け物を飼っていたのは」
そんな中、シマント少佐が横柄な表情で歩いてくる。
「……っ」
瞬間、ロレンツォ大尉は全身が総毛だった。ヘーゼンの発する殺気が、これまでないほど強大に発せられたからだ。
「……化け物とは、カク・ズのことですか?」
「他に誰がいる? いやはや、恐ろしいものだな。しかし、おかげで我が軍は救われた。見事、第一大隊と第三大隊はギザール将軍の猛攻を退けたのだと報告しよう」
「……退けたのは、カク・ズでしょう?」
「バカな。決して、その化け物だけの力ではない。我々のサポートがなければ、ギザール将軍は退けられなかった。なぁ、ロレンツォ大尉?」
「……」
「どうした? 貴様、まさか少佐である私の意見に異論があるとでも?」
「……いえ」
ロレンツォ大尉は消え入りそうな声で答える。
そんな様子を眺めながら、ヘーゼンはあきらめたように、ため息をついた。
「そうですか……わかりました」
「その化け物は、明日も使える。期待しているぞ」
「明日? カク・ズは使いませんよ」
「つ、使えない? なんとかならないのか? どれだけ酷使しても構わん。この要塞存亡の危機だ」
「使えますよ。使おうと思えば。しかし、使う気はありません」
「……なんだと?」
シマント少佐の声色が途端に変わる。
「聞こえなかったのですか? カク・ズは出しません。今後、この戦の一切に彼を出す気は、毛頭ね」
ヘーゼンは淡々と答えた。




