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カク・ズ


 その存在に気づいたのは、ギザール将軍のみだった。他の兵たちは、我先にと中央門へ突進する。


「止まれ! 待て……くっ」


 もう、間に合わない。距離が遠過ぎて、雷切孔雀らいきりくじゃくが発動できない。


 カク・ズが持つ異様な大きさの長物は、盾のような鋼鉄がついている。ギザール将軍の目には、それが異常なほど禍々しく見えた。


「行くぞ……凶鎧爬骨きょがいはこつ


 叫ぶと共に、長物に纒う鋼鉄がカク・ズの身体にまとわりつく。瞬く間に全身鎧となったそれは、まるで猛り狂った獣のようだった。


「俺が一番乗りだ……きゃぷっ!?」


 中央門へと到着したディオルド公国兵を、拳で頭ごと潰す。

 その光景を見たギザール将軍は思わずつぶやく。



「……人外の膂力だ」


 そのまま、カク・ズは雪崩れ込もうとしている兵たちを格闘で潰していく。殺すのではなく、潰す。もはや、そうとしか言いようがなかった。躊躇なく、一振り一振りの拳で、鎧ごと、その身体をもぎ取るように潰していく。


「クソ! 調子に乗るなぁ!」


 屈強な戦士が大斧を振るうが、カク・ズの全身鎧に阻まれ止まる。


「くっ……うおおおおおおっ……あぎぃ!?」


 カク・ズは踏ん張り、貫こうとする屈強な戦士の首を力任せにねじ切った。そして、周囲の敵兵を駆逐した全身鎧の巨漢は、天に向かって咆哮をあげる。


「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおっ」


 そのあまりの巨大な声に、異様さに、禍々しさに、ディオルド公国軍の進軍が止まった。


「ヘーゼン=ハイム……貴様、なんという魔杖を部下に持たせるのだ!」


 ギザール将軍は戦慄と共に叫ぶ。


 凶鎧爬骨きょがいはこつ。唯一、ヘーゼンが銘をつけたこの魔杖は、5等級の上級宝珠をはめ込んでいる。これは、ヘーゼンが持つ中で最も大きい等級である。


 全身に魔力が行き渡り、その視覚、嗅覚、味覚、知覚、聴覚の五感。また、膂力が超人的に上昇する。


 しかし、代わりにカク・ズの自我が失われ、凶戦士バーサーカー化する。それが、例え味方であっても変わらない。


 ただ、能力を解放したその瞬間に自身に命じた言葉のみを遂行する。


 今回、カク・ズが命じたのは、『この要塞を攻撃する者から守れ』である。このように、味方以外の殺戮を指示することも可能だが、彼の中に発生する膨大な暴力欲求に耐えなくてはいけない。


 ヘーゼンはカク・ズの類い稀な膂力と戦闘センス、良質な魔力に目をつけた。しかし、同時に思ったことは、その異常なまでの優しさだった。


 その優しさは、日々の生活にとっては美徳だが、軍人にとっては足枷となる。


 かと言って、この優しき男は学問を苦手とする、

となれば、文武両道の将官などにはなれるわけもなく、働き口といえば傭兵などに限定される。


 そこで、ヘーゼンは考えた。異常なまでの暴力衝動を発生させる劇薬的な魔杖と組み合わせることで、カク・ズの生来持っている理性でそれを抑えようとした。


 この魔杖は、現時点ではヘーゼンが製作した魔杖の中で一番の力作である。


 帝国の兵たちがすべて門の中に入った瞬間。カク・ズは、右手で持っていた魔杖を振るった。


「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」


 それは、鎖状の剣。数十メートル以上の伸縮性を誇るそれは、紛れもなく異様だった。凶鎧爬骨は攻防一体型の魔杖である。一瞬にして、中央門の一帯はディオルド公国兵の血で染まった。


「うわははははっ! これは、凄い! あの、ヘーゼン少尉とやら! とんでもない隠し玉を持っておった!」


 城郭まで上がってきたシマント少佐は、大いに喜ぶ。


「おい、やれ! その力で、ギザール将軍を駆逐しろ!」

「……っ、シマント少佐! なにを言ってるんですか!?」

「猛攻が止んだ今がチャンスではないか!」

「……」


 ロレンツォ大尉は、思わず黙る。せっかく、カク・ズが進軍を止めたのに、ギザール将軍に殺さられれば、もうこちらにはなす術がないではないか。


「カク・ズにはここを守らせるべきです。もはや、この西門にはディオルド公国の兵から守る戦力がありません」

「ええい! 黙れ、黙れえええええええっ! 貴様如きが私に逆らうのか!?」

「……っ」


 愚物。吐き気がするほどの。もしかしたら、ヘーゼン少尉は彼らを敢えてギザール将軍に差し出すことを、彼の計画の一部として組み込んでいたのかもしれない。


「無能でやる気のある味方は……殺せ、か」


 ヘーゼンがかつて、提案した言葉が脳裏に響く。しかし、そんな非情な決断をする気になれない自分を呪った。


 しかし。


 カク・ズはそのまま、微動だなせず動かなくなった。


「おい! おい、化け物! 動け! 上官命令だぞ!」

「……」


 シマント少佐の言葉にも関わらず、彼はそのまま停止し続ける。


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