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エヴィルダース皇太子(1)


           *


 その頃、エヴィルダース皇太子は、自身の邸宅でグラッセ筆頭秘書官とともに、皇帝謁見前のリハーサルをしていた。


 報告は、大臣たちが行うが、いざ質問がきた時には、皇太子が主に指される。その答えを事前に用意しておかねば、『深く物事を見通せていない』と叱咤される。


 それでも、斜め上からの角度でくることもあるので、前回の時のような失態もある。


 だが、今回は絶対に失敗ができない。


「他にないか、父上からの問答は?」

「十分かと思います」

「そうか……」


 一通りの想定問答を完了して、エヴィルダース皇太子は深くため息をつく。


「デリクトールが余計なことを挟まないといいが」


 目下、対抗する派閥の横やりが怖い。エヴィルダース皇太子の派閥が、ヘーゼン=ハイムを左遷したことは天空宮殿内では有名な話だ。


 だが、グラッセ筆頭秘書官は首を横に振る。


「杞憂でしょう。我々の派閥が、遥かに今回の情報を先んじて取得してます。精度も深さも、他とは比べ物になりません」

「それは、助かる。アウラ秘書官がそれだけ有能だということだな」

「……はい」


 グラッセ筆頭秘書官が複雑そうな表情を浮かべる。彼らは、派閥内のNo.2とNo.3の間柄だ。あまりにも大きな活躍は、序列を入れ替える危険リスクを孕むので、面白くはないのだろう。


「心配しなくとも、お前がの筆頭秘書官であることには変わりない。確かに、アウラ秘書官は有能だが、派閥入りして日が浅い。よく、指導してやってくれ」

「……はい」


 エヴィルダースは、笑顔を浮かべながら、心の中でため息をつく。こうして、派閥間の人間関係に気を使うのも骨が折れる。ブギョーナは自分への忠誠を疑うことはなかったので、その点で言えば楽だったのだが。


「それで? アウラ秘書官は?」

「謁見時に他の派閥が余計な動きをしないように、手回しを行っております」

「時間があれば、こちらにも来て欲しいが」


 想定問答の時に、いくつか不安な箇所があった。できれば、その点を払拭しておきたい。


「少し難しいかと思います。アウラ秘書官とは面識のない方も多数おりますので全体の掌握に手間取っているようです」

「……こんな時に、豚の手でもあればな」


 本来であれば、ブギョーナが頼まれなくても内部情報の取りまとめをやってくれていた。名門の血筋の見識の広さは随一なので、どこと誰がつながっているのかという情報をほぼリアルタイムで取得していた。


「正直な話。ブギョーナ秘書官の人脈と忠誠心は得難いものかと」

「……ふむ」


 グラッセ筆頭秘書官の言葉に、エヴィルダース皇太子は腕を組む。いざ、有事の時には、いち早く積極的に動く者が重宝される。頼まれなくても、積極的に動き、気を回すような存在は確かに貴重だ。


 そんなことを考えていた時、部屋にノック音が響く。


「ヘーゼン=ハイム殿が……ブ、ブギョーナ秘書官とともに、いらっしゃっています」

「来たか! すぐに連れてこい」


 エヴィルダース皇太子は歓喜しながら答える。このタイミングで、ここに来たということは、ブギョーナが搦め手に成功したということだろう。


 ヘーゼン=ハイムを取り込めれば、こちらのものだ。


「失礼します」


 やがて、黒髪の青年が、部屋に入ってきた。漆黒の瞳の端正な顔立ちをした男だ。そして……驚くほどに若い。


「貴殿がヘーゼン=ハイムか」

「はい。お初にお目にかかります」

「中に入ってくれ」


 エヴィルダース皇太子が満面の笑みで招き入れると、ズリズリ、ズリズリと瓢箪型の男がついてきた。


 足首を頑として持ち離さないブギョーナである。鼻水と唾液と顔全体の擦り傷でぐっちょぐちょ。


 壮絶な負け(ブス)顔だった。


「……おい、何をしている?」

「あ、は、はひっ……あ、いえ……ヘーゼン殿が……ここに、くると言って、聞かなかったもので……その……」

「はぁ……」


 脂汗まみれのブギョーナを見ながら、エヴィルダース皇太子は、深くため息をつく。一目見ただけで、結果がわかった。


 豚が。失敗したのか。


「先ほど、ブギョーナ様とお話ししてまして、ちょうど、エヴィルダース皇太子のお話しが出たものですから。こちらに向かうと、ついてきたのですよ」

「……なるほど」


 相当に剛毅な男であるようだ。通常、上級貴族の大師だおすーであるブギョーナに対して、このような振る舞いをする者はいない。


 エヴィルダース皇太子は2人を交互に見ながら、尋ねる。


「それで? 用件は?」

「ブギョーナ様が、私の義母のヘレナを誘拐したらしいのです」

「……なに?」


 さも、初耳かのような演技をする。大方、ことの真偽を確かめるためにでも来たのだろう。だが、無駄なことだ。


 自分が知らないと言えば、知らない。


 それが、この帝国でのルールなのだから。覆せる者は唯一、皇帝のみだ。


「ブギョーナ様が、『エヴィルダース皇太子殿下もご存じだ』と仰ってましたので、真偽のほどをお伺いしたく参上いたしました」

「まさか……知るわけがないだろう。なぜ、イリス連合国を破った勇者に、そんな仕打ちを?」

「わかりませんね。ですが、少なくともブギョーナ様はそんな仕打ちをしたみたいですよ?」

「戯れだろう。なあ?」


 エヴィルダース皇太子は笑顔で尋ねる。


「あ、え、ええ。あ、ええ、ええ、ええ。あ、も、も、もちろんです」


 ブギョーナはブルルン、ブルルンと首を縦に振る。ヘーゼンは、そんな様子を見ながら、淡々と答える。


「……実際に、言った証拠もありますがね」

「ヘーゼン=ハイム。は、『戯れだ』と、言ったのだぞ?」

「……」

「ブギョーナは、そなたの義母を戯れで誘拐教唆を仕掛けたのではないか? とが言ったのだ。皇太子であるが」

「……」


 エヴィルダース皇太子は、満面の笑みで見つめる。自分が黒と言えば、白でも黒。この天空宮殿では、そう言うルールだ。


 ヘーゼンはしばらく黙っていたが、やがて、フッと微笑む。


「戯れですか。なるほど、随分と趣味の悪い戯れですね」

「まあ、の顔に免じて、許してやってくれ。ここに至るまでに、少なからず遺憾もあったのだろう?」

「……家族の誘拐を仄めかすやり方を、エヴィルダース皇太子は容認すると?」

「バカなことだ。だが、それだけ貴殿を我が派閥が欲していたと言う行動の現れだ」

「あ、え、え、えエヴィルダース皇太子……」


 ブギョーナは涙を浮かべながら、感動する。この豚は、使い勝手がいい。人脈なども考慮すると、まだまだ使い潰せる。


 まあ、今回は、貸しておいてやるか。


「それとも……まさか、ヘーゼン=ハイム。を敵に回す気か?」

「……」


 エヴィルダース皇太子はヘーゼンの額に顔を近づけて睨む。自分はこの帝国の皇太子だ。この強大な権力の前に逆らえる者などーー





























「なるほど……今の情勢で、私を敵に回しますか」

「……っ」

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[良い点] 次の敵はこいつかー
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