証拠
ブギョーナは耳を疑った。エヴィルダース皇太子派閥の最古参であり、名門ゴスロ家の当主であり、上級貴族の第10位『大師』であり、中将位の自分に対して。
目の前の男は、頭が高いと言ったのか?
「あ、聞き聞こえなかった! あ、ちゅ、ちゅ、忠告するが、あまりの傲慢は身を滅ぼすぞ!?」
ブギョーナは凄んだ表情を浮かべ釘を刺すが、ヘーゼンは満面の笑みを浮かべて足下を見る。
そこには、ちょうどブギョーナの瓢箪形の頭が、入りそうな隙間があった。
「時間切れなので。せめて、この位置に頭がないと、あなたのキモったるい声を聞く気にはなれません」
「あ、き、貴様……あ、しょ、しょしょしょ正気か!? この私の階級は中将で、爵位は『大師』で……」
「わかりませんかね?」
ヘーゼンは満面な笑みで。
漆黒の瞳で見下しながら。
キッパリと答えた。
「僕はね……あなたを足下に見てるんですよ」
「……っ」
こ、こいつ……殺してやる。お望み通り、義母を犯し尽くし、ゴスロ家の総力を上げ、この男をぶっ殺してやろうか。ブギョーナは湧き起こる怒りの中で、数千回この男の殺し方をシミュレーションした。
「ほらほら。早くしないとエヴィルダース皇太子にお仕置きされちゃいますよ?」
「……あ、けるな」
ブギョーナはボソッとつぶやく。
「聞こえませんでしたね。ハッキリと言ってください」
「あ、ふざけるな! と、あ! 言ってるんだ! なんで、貴様のようなクズカスクソゴミ下級貴族に上級貴族の私がーー」
カチッ。
『エヴィルダース皇太子の派閥に入ってくれ! あ、もちろん、私が誘拐した義母のヘレナは解放する。あ、私にできることは何でもする』
!?
「あっ……くひょ……」
「こんなのもあります」
カチッ。
『エヴィルダース皇太子も、ヘーゼン殿の派閥入りを望んでいる。それを、知っていて黙認してるんだ』
!!?
「あっ……ふぅぶぅあうあぅ……あ、なん、な、ななななななななんなんなんなん」
ブギョーナは口をパクパクとパクつかせる。
「いや、蓄音器という魔道具を開発しまして。過去の発言などを記録できるんですよね。ちなみに、先日、その効果が認められて、準公式的な証拠として提出可能になりました」
「あ、はんぐぅ……」
ま、まずい。まずいまずいまずいまずい。まずすぎる。
「いや、欲しかったんですよねー。『ブギョーナ様自らが誘拐した』という言質と、『エヴィルダース皇太子がこの誘拐を知っている』という言質」
「あ、やめへえええええええっ! あ、そ、そ、そられは嘘ー! 嘘でー!?」
「聞こえませんね。その高さ……ではね」
「……っ」
瞬間、ヘーゼンの足下めがけて、ブギョーナが猛烈に滑り込む。瓢箪形の頭は、見事に隙間と隙間にフィット・インする。
「はい、よく出来ました。身の程をわきまえてくれて、嬉しいです」
「あっ……ひぐぅ……ひぐぅ……r」
ブワッと、涙が出てきた。階級も爵位も遥かに下の平民出身ゴミ貴族に、皇太子派閥の最古参の名門貴族で常に天上人として歩んできた自分が。
耐え難い屈辱が、襲いかかってくる。
「だけど……まだ、ちょっと高いな」
「あ、ふんごえええええええええっ!」
ドゴッ。ドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴ。
踏み潰された蛙のように。強制的に、地べたに這いつくばされたブギョーナ。瓢箪形の頭は、ヘーゼンの足によって潰されて床ごと地面にめり込む。
「気をつけてください。あなたの顔がデカ過ぎるから、私の足が窮屈になってしまう。次は、自分からめり込んで来てくださいね」
「あ、はぐぅ……はぐぅはぐぅ……」
なんたる上から目線。
超絶な自分勝手。
こんな異常者に、自分の命を全て握られてるなんて。
ブギョーナはめり込んだ地面の中から叫ぶ。
「あ、た、たのむ! あ、私が何をしたって言うんだ!? あ、貴様に、あ、私が、あ、何をしたと言うんだ」
「言うん……だ?」
「……っ」
「足下に来てくれたので、やっと、声は聞こえてきましたがね。ですが、そんな、ぞんざいな物言いではね」
「はひょ……くふゅ……」
圧倒的な上から目線。あまりにも、見下され過ぎて、ゲロ吐きそうだ。だが、ブギョーナは従うしか、選択肢がない。
「あ、し、したと言うんですか? あ、あなたに対して、あ、そんな……」
カチッ。
『でひゅ……あ、おいおい。嘘は言っちゃいかんな?』
!?
「あ……あひゅ?」
ブギョーナは、耳を疑った。それは、かつてヘーゼンと人事院で交わした会話と同じ声だった。すぐに、わかった。脳内で夢で、何度も何度も繰り返された音声だったからだ。
『聞いた情報だと、近々、帝国はノクタール国の支援を打ち切るという話だ』
「あひょ……くひょ……」
興奮して、何度も何度も夢で、この声を聞いた。勝ち誇って、ひけらかして、自慢して……
その度に、股間を熱くした。
『あ、にも関わらず、貴様を派遣した理由はわかるか?』
『……教えて頂けますか?』
『あ、貴様は帝国に必要ないからだよ、バーカ。死ね』
「……あ、くひょ……ひょれはちがっれ……」
呂律が上手く回らない。
「便利でしょ? あなたのように発情した豚並みに性欲のことしか考えてなくても、こうして思い出せるようになってるんですよ」
ヘーゼンは、満面の笑みを浮かべながら答える。
カチッ。
『でひゃ……でひゃひゃひゃひゃひゃ、でひゃひゃひゃひゃひゃ、ひゃひゃ、ひゃひゃひゃでひゃひゃ、ひゃひゃひゃ』
「あ、やめ……やめろ……」
過去の自分の笑い声を……思わず制止していた。まるで、自分の声だとは思えなかった。そして、次の声を……聞きたくはなかった。
だが。
目の前の、黒髪の悪魔は、同情など無く、無情にも、非情にも、再びカチッと、無機質な音を鳴らす。
『貴様が死んだら、その死体を前に貴様の母親をガンガンに犯しまくってやるよーーーーー! ふんふんふんふん! ふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふん!』
「あ……あふぅ……」
ブギョーナは地に両手をついて首を垂れる。
そして。
ヘーゼンは爽やかな笑顔を浮かべる。
「よかった。思い出して頂けたようですね? この時点で、あなたは僕の敵になりました。売られた喧嘩は買う主義ですので」
「あふぐぅ……ふぐぁうぁ……」
「……では、行きましょうか?」
「あ、い、行く?」
「もちろん、エヴィルダース皇太子のところへ」
「……っ」




