高さ
信じる? しんじる? シンジル? ブギョーナは、この男が何を言っているのか、まったくわからなかった。
そんなバカな。
はちゃくちゃ、犯されて。もみくちゃ、辱められて、どちゃくそに、殺されかければ、誰だって命乞いする。どれだけ強がったってそうだ。
そんな、ブギョーナの経験則を。
ヘーゼン=ハイムの誇大妄想……いや、幻想が凌駕しようとしている。
「あ、そんな訳ないいいぃ! あ、絶対に、完全に、不可逆的に、そんなことあり得ああぃあぃあああ!」
叫んだ。めちゃくちゃ、この世間知らずの猛烈なバカに叫んだ。規格外過ぎる妄想チックマザコンクソ野郎に、みっちゃくちゃに叫んだ。
だが。
「私の信じる義母なら、きっと、そう言ってくれるはずです」
「……っ」
コイツニハナニガミエテイルノカ。
「あ、会おう! なっ!? あ、会って、確かめよう!? あ、早まるな。あ、一回だけ確かめよ?」
ブギョーナは優しく優しく問いただす。
「会うまでもないです。信じてますから」
「あ、信じるなぁ! あ、信じるなよぉお!」
何というマザコン。ヘレナのことを盲目に信じすぎて、美化され過ぎてしまっているのか。それとも、実際に彼女がそう言う人格の持ち主なのか。
だが、そんな訳がない。
そうじゃなきゃ、こんな異常者が育むはずがない。ブギョーナはブルンブルンと首を振りまくり、唾をまっちゃくちゃに撒き散らす。
「あ、目を覚ませぇ! あ、目を覚ませよぉおおおおおっ!? あ、お前の脳内はお花畑か? あ、現実は、そんな生やさしい、甘ったるいもんじゃないぞ!?」
「私は、そう信じてます。もし、仮に万が一、彼女がそう言わなかったら、それはもう私の知る義母ではない。その時は、私が義母を殺します」
!?
「あ、えっ……殺……あ、えっおえええっ!?」
震えた。心の底から激烈に震えた。全ての脂汗が瞬時に冷えて凍るんじゃないかくらいに、もっちゃっくちゃに震えた。
真性の異常者。
マザコンを超えた異常者。
逆に殺す。えっ、そう言わなかったら、いやむしろ、殺すの? 愛する義母を? そんなバカな……いや、そんなバナナ。
「っと、時間も残り30秒になりましたね」
「あ、いや! あ、待て待て!?」
「待……て?」
「……っ」
ギロリと漆黒の瞳がブギョーナを捉える。この男、上級貴族の大師である自分に向かって、下級貴族のクソの分際で、口調の注意をしてきやがった。
だが、我慢だ……我慢……我慢……
「あまっ、ままま待ってくれよぉ! あ、何も私は義母を犯したり、辱めたり、そ、そんな気は全然ないんだよぉ」
口調をマイルドにし直して、言い直す。とりあえず、交渉の土台に乗せなければ。そのまま、地獄へと連れて行かれる。
「28……27……26……」
「あ、いい加減、カウントダウンをやめろ!」
「やめ……ろ?」
「ひっ……」
とことん下に見てくる。ブギョーナは、まるで、地帯の底の奈落の穴にいるような心地に襲われる。
「やめ……ろぉよねぇ! やめてよね、いい加減!」
お姉言葉で回避。なんなんだ、コイツは。そもそも、なんだって上級貴族の上位の自分が、下級貴族の底辺層の……
「……25……24……」
ぜ、全然やめない。
「あ、た、頼む! この通りだ! エヴィルダース皇太子の派閥に入ってくれ! あ、もちろん、私が誘拐した義母のヘレナは解放する。あ、私にできることは何でもする」
目いっぱい、頭を下げる。
「22……21……」
「エヴィルダース皇太子も、ヘーゼン殿の派閥入りを望んでいる。それを、知っていて黙認してるんだ。私の口利きがあれば、絶対に派閥の中心になれる」
「……18……17……」
ぜ、全然聞いてもくれない。
「あ、そ、そんな! 私の財を甘く見ないでくれ! あ、相当な額を準備する」
「別に入りませんね、金なんて」
「あ、ととと土地か!? 肥沃なとっておきの土地がある」
「……18……17…………残り15秒」
「……っ」
ヘーゼンは黙って首を振る。
「な、何が欲しいんだ!? 何でもいいぞ?」
「あと、10秒」
「あひゅ……」
こ、こいつ。なんたる性格の悪さ。こんな性格の腐ったヤツを、これまで見たことがない。
「な、な、何でも言ってくれ! ま、魔杖か? じ、時間をくれれば特級だって準備する!」
「……8……7……6……残り5秒……」
「くっ、言えば、何でもする! 言ってくれ!?」
「……4……3……」
「あひゅ……」
ガン無視。まるで、存在してない虫ケラのように、ブギョーナの会話を右から左に聞き流してくる。
ま、まずいまずいまずいまずい……何か……何か、何か何か何か何か。
!?
「女……そうか、女か!? 女だ! 女だろ!? あふひ……ふひひひひひっ! 私なら、絶世の美女が準備できるぞ! エマ様なんかよりも、遥かに上等な女を」
「……」
と、止まった。これだ。合点がいった。貴族であれば、性の問題は、必要不可欠。特に婚姻を結んだ上級貴族は、奔放な性活がままならないものだ。
これだ。
これに、決まっている。
「あ、準備する。それこそ、皇太子殿下と同じ破格的な待遇をだ。平民出身の高級娼婦を、毎晩十人以上準備する。
「……はぁ」
は、初めて反応があった。ここだ。こいつも、所詮はムッツリスケベだったと言うことだ。本能には逆らえない。
ブギョーナはダメ押しで、ヘーゼンに対して耳打ちする。
「あ、も・ち・ろ・ん……エ・マ・様にはな・い・し・よぉ・で」
「……臭い息を吹きかけないで貰えますか? 耳が腐りそうだ」
!?
「あ、な、な、なななななんだと!?」
い、今。こ、こ、こいつは。何と言った? このエヴィルダース皇太子の片腕であるこのブギョーナに、目の前の下賎なゴミは、なんと言ったのだ。
「……何か文句でも?」
「あぐっ……な、何でもない」
が、我慢我慢我慢。
すると。
「……あの、少し気になったんですけど」
ヘーゼンがブギョーナを見ながら口を開く。
「な、なんだ! 何でもするぞ! 何でも! 何でも! 何でも何でも何でも!」
「高いと思うんですよね」
「高い? えっと……」
「頭が」
「……っ」
【あとがき】
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