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高笑い


           *


 数時間後、ブギョーナは天空宮殿の廊下をひたすら立ち尽くしていた。エマの情報によれば、この一本道を2人で歩いてくるので、避けようがないとのことだった。


「あ……ちっ」


 緊張で、粘着質高めの脂汗が手のひらから浮き出てくる。身体は、小刻みに震えていた。エヴィルダース皇太子の信頼を取り戻すには、なんとかヘーゼン=ハイムに派閥入りしてもらうしか手がない。


 本当に来てくれるだろうか。エマは、約束を守ってくれるだろうか。前までは、自信を持って断言できたことが、疑心暗鬼になってくる。


 そんな中……来た。


「あ、っひょ」


 思わず声が出た。来てくれた。ブギョーナは、まるで初デートの待ち合わせに恋人が現れたような高揚を感じた。これで、全てが救われる。これで、万事が解決する。


「あ、ヘーゼン=ハイム。待て! 待て待て待て!」


 ブギョーナは大きく腕を広げて、立ちはだかる。エマもいるので、この一本道では避けようもない。


「……はぁ」


 ヘーゼンが観念したようにため息をつき。


「どうも。何かご用ですかね?」

「……あひっ」


 圧倒的に冷たい漆黒の瞳で、まるで生ゴミを見るような目で、黒髪の青年はブギョーナを見下ろしてくた。


「あ、ちょっと……部屋で2人で話がしたいんだが」

「申し訳ないです。ちょっと、時間がありませんので」

「あ……そこをなんとかっ」

「ないですね」

「あ、5分だけでいいから」

「ないです」

「あ、さ、3分」

「ありません」

「あ、にに2分」

「コンマ1秒もないです」

「……っ」


 全然、譲らない。1ミリたりとも……いや、コンマ1秒足りとも、譲歩すらしない、ヘーゼン=ハイム。別に、何かのお願いをしてる訳でもないのに。


「……ヘーゼン。5分くらいならいいんじゃない?」

「あ、ありがとうございます! エ、エマ様もこう言ってくれているんだ。何とか、時間を作れないだろうか?」


 当然、ブギョーナの腑は煮えくり返っていた。このクソゴミカス・ど底辺下級貴族の分際で、自分の申し出を一顧だにしないなど、あり得ない。ただ、2人っきりになるまでは遜った態度でいなくては。


 だが、ヘーゼンは頑として首を横に振る。


「あいにくですが、無駄なことはしない主義ですので。自分にとって、有益な方とより多くの時間を使いたいんです」

「……っ」


 めちゃくちゃ遠回しに、めちゃくちゃ酷いことを言ってくる。


「あ、エ、エマ様! なんとか、なんとか、なんとかならないでしょうか!?」


 ブギョーナは地に頭を擦り付け土下座する。誠心誠意、頭をスリスリと擦り付けた。ここが人生の山場だ。山の崖だ。誰が見ていようと……ヘーゼン=ハイムが見ていようと、今は関係ない。


 今の自分の立ち位置を自覚し、『恥も外聞も捨てろ』と何度も何度も言い聞かせる。


 さすがにエマの方が、泣きそうな顔で隣を見る。


「へ、ヘーゼン。何とかならない? ダメ?」

「……はぁ、仕方ないですね。彼女に免じ5分だけ」

「あ、ああありがとう! 助かる。では、そこの部屋で」


 ブギョーナは、油汗に塗れた手で扉を開けて、使用されていない部屋へと入る。


「で? なんですか?」

「……っ」


 ヘーゼンは最寄りの椅子に座り足を組み、ぞんざいに、面倒くさそうに尋ねる。周囲に人の目がなくなった後に、態度が更に豹変した。


 だが。


「あ、くくくくく……くきょきょ! あ、くくくくくくくくくきょきょきょ……あ、くくくくくくくくくきょきょきょきょきょ! あ、くきょきょきょきょ! あ、くきょきょきょきょきょきょ! くくくくくくくくくきょきょきょ……あ、くくくくくくくくくきょきょきょきょきょ!」


 ブギョーナは腹を抱えて笑い出す。滑稽だった。勝ったと思い込んで、余裕の表情を浮かべているクソゴミカス下級貴族が。自身の愛する義母を人質に取られておいて、


 聞いてみたい。立場が逆転した時に、こんな高慢な態度を取っているこいつに『ねえ、どんな気持ちーぃ? どうな気もてぃー!?』って全力で問いかけたい。


「あ、くくくくくくきょきょ! あ、くくくくくくくくくきょきょきょ……あー、くくくきょきょ、くくくくくくきょきょきょきょきょ! くきょーーーーーーーーー!」

「……あと、4分ですが、いいですか?」


 ヘーゼンが尋ねる。


「あ、くきょきょきょ……あーくきょ。あー、おっかしい。いや、すまなかったね、ヘーゼン=ハイム。そう言えば、最近、なにか変わったことは起きなかったかい?」

「別にないですね……あと、3分30秒」

「あ、くきょっ」


 知らないはずがない。大方、必死に探していたはずだ。考えてみれば、あの時も、早馬を走らせていたのは行方不明になった義母を探すためじゃないだろうか。必死に手がかりを探していたが故に、面会などの時間が取れなかった。


 なるほど、そう考えると辻褄が合って来る。


 こんな平然とした態度をしていながら、内心では義母のことを想って、気が気ではないのだろう。


 哀れ……いや、むしろ、哀れ過ぎる。


「あと、2分30秒」


 そうやって、悠長にカウントダウンしているのも、今のうちだ。この、ブギョーナ=ゴスロを侮ったことを、後悔させてやる。


 言ってやる。


「あ、実はね……ヘーゼン=ハイム君。君の義母は、私の邸宅で預かっているんだ」
























「そうですか……あと、2分」

「あ、へっ?」


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― 新着の感想 ―
[一言] 読んでるだけで画面が脂ギッシュになる感ありますね。
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