説得
ブギョーナは、右往左往していた。もはや、分単位で席を立ったり座ったり、部屋の中を行ったり来たり。待てど暮らせど、連絡の1つもない。
「あ、なななななななんで!? なんで、便りが届かない!?」
瓢箪顔を真っ赤にしながら、メイドたちを一列に並ばせて怒鳴りつける。
「そ、それが逐一連絡は取っているのですが、全然捕まらない状態で」
「あ、ふざけるな! あ、私をおちょくっているのか!?」
「ひっ……」
超絶不細工な形相で、ブギョーナは怯えるオバーサに迫る。隣にいた、新人メイドのロリー=タデスに至っては、泡を吹いて気絶する。
しかし、そんな失礼小娘に構っている暇もなかった。
もう時間がない。残された時は、ほとんどない。ヘーゼン=ハイムのスケジュールは把握している。今日の夕方には、皇帝との謁見がある。
その後、すぐにエヴィルダース皇太子との謁見がある。そして、その場でヤツが派閥入りの申し出を断れば、面子的に、再び皇太子が派閥に入れることなどはあり得ない。
その時点で、ブギョーナは実質的に派閥内の権力を失う。いや……先日、皇太子に大見得をきったのだ。下手をすれば、いや、ほぼ必ず処罰される。
「あひっ……ひいいいいっ!」
ブワッとギトギトの脂汗が、ブギョーナの全身に襲いかかる。皇太子が本気で怒れば、タダでは済まない。下手をすれば本当に奴隷に堕とされる。
こうなれば、もう、最終手段しかない。
「あ、え、エエエマ様の下へ行く」
「わ、わかりました」
彼女に頼るという選択肢は、当然、一番最初に思い浮かんだ。だが、レイバース皇帝の最側近ヴォルト・ドネアのことを、エヴィルダース皇太子が疎ましく思っている。
ドネア家に対して、『借りを作る』という行為が、エヴィルダース皇太子の逆鱗に触れる危険があったので、できる限り避けていたが、この際、仕方がない。
ブギョーナは、すぐさま馬車に乗り込んで、ドネア家の邸宅へと向かう。
「あ、おい、クソったれ独身中年女! エマ様は確実にいるんだろうな!? いなかったら絶対に犯すからな!?」
「……いますので、どうか、ご心配なく」
オバーサは淡々と答える。
数時間後、ドネア家の邸宅へと到着した。部屋まで案内され、オバーサが執事と数度やり取りをすると、エマがイソイソと出てきた。
「どうなさったんですか? 火急の用件とお伺いしましたけど」
「あ、お願いいたします! どうか、この通り! ヘーゼン=ハイムと、どうか面談をさせて欲しいんです!」
ブギョーナは土下座した。全身全霊を込めた、全力の土下座を。爵位的には、彼女の方が上だ。だから、別に自尊心などはない。
と言うか、彼女に断られれば、破滅する。
「や、やめてください。どうか頭をあげてください」
エマは慌てて起こそうとするが、瓢箪顔の老人は、頑として地に頭を擦り付けている。全力で、血が出るほどの気合いで、擦り付ける。
「あ、受けてくださるまでは、一生このままでいる所存です。どうか、一生のお願いです! どうか……どうか、私をお助けください」
「わ、わかりました。一応、聞いてはみます。でも、断られるかもしれませんよ?」
「あ、それならば、結構です。頼むだけで、もう」
ブギョーナは、思わずほくそ笑んだ。この小娘は、自分の価値を全くわかっていない。皇帝陛下から全幅の信頼を得ているヴォルト・ドネアの影響力は絶大だ。
そんな今の情勢で、ドネア家の令嬢の頼みを無碍に断るような者は、この帝国には存在しない。するわけがない。帝国将官であれば、必ず。
・・・
「申し訳ありません。断られました」
「……っ」
エマがペッコリと謝罪する。思わず、ブギョーナの顎が外れそうになる。
「あ、そ、そ、そんなバカな!? ドネア家の令嬢である、あなたのお願いを断るなんて、完全に頭がおかしいとしか言いようがない。控え目に言って、どうかしている」
「その……ヘーゼンって、そういうヤツなんです。私とは……その、『家柄とかは抜きにして友達付き合いをしよう』と言われてて。あっ、でも。あの、もちろん、もう1人の友達もなんですけど……だから、普通に断られることもあって……そういうところは、私も腹が立つんですけど、逆に気を遣われないのが心地よいっていうか……ゴニョゴニョ」
「……っ」
なんか、ゴニョゴニョ、言っている。
この絶体絶命のピンチに、そんな青春乙女チック恋愛モードを出されても知らん。
「あ、そこを何とかして! あ、そこを何とか! あ、そこを何とか! あ、そこを何とか!」
何度も何度も何度も。何度も何度も何度も何度もブギョーナは連呼する。
「な、な、何とかって言われても……」
「あ、聞いてくださるまでは、この場からこうして動きません。ええ、動きませんとも。どうか! どうか! あ! どうかぁ!」
「……はぁ。わかりました」
「あ、な、なんとかして下さるんですか!?」
ブギョーナは涙と鼻水と唾液塗れの顔をあげながら強烈な形相で見上げる。
「ひっ……その、私がヘーゼンと待ち合わせをしているので、偶然その場に居合わせたと言うことに。そうすれば、少しは話せるのではないかと」
「あ、ありがとうございます! あ、このご恩は生涯! あ、生涯、あ、金輪際、あ、忘れません!」
重ねて何度も何度も土下座しながら、ブギョーナはほくそ笑む。
成った。
これで、全ての物事が上手くいく。
そう確信をして、ブギョーナは頭を地に擦りつけながら薄ら笑いを浮かべた。




