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怒り


          *


 ブギョーナは激怒した。


 必ずあの邪智暴虐じゃちぼうぎゃくの……いや、鬼畜畜生のゴミウジ虫カス下級貴族をぶっ殺すと決意した。


「あうおああああ! ああああああああ! ああいえああうあういうあうっ! あおれえおああああいえあああえあ!」


 叫んだ。魂を吐き出すように。無知であるが故に、自分の大事なものが捕らえられていることすらも気づかぬ無能に、心底腹を立てた。


 とは言え、だいぶ走った。


 もう走れない。


 ブギョーナは、ただひたすら、トボトボと歩く。口元には乾いたゲロが張りついている。服にもベッタリと胃液混じりの諸々が張り付いていた。


「あっ……」


 石ころに躓いた。バタッと、そのまま倒れ込んだ。手に砂利がつき、顔面にゲロの粘着で石ころがついてくる。チクチクの手のひらに痛みが走る。


「……」


 惨めだった。いい年をして、全力で走り、叫び、若手のように目一杯アピールをして、それでも無視をされ、放置プレーをかまされる自分が、ただ、ひたすらに、惨めだった。


 やがて。馬車が追いかけてきた。そして、メイド長のオバーサがすぐさま降りて駆け寄ってくる。


「ご、ご主人様。大丈夫ですか?」

「……あ、ああ?」

「ひっ」


 ブギョーナはギラっと睨みつける。そのトンデモ不細工な形相(ブス顔)に、オバーサは怯えた表情を見せる。


「あ、大丈夫な訳、ねーだろ! あ、なぜ貴様が身体を張ってあのドクソ下級貴族を止めない!」

「そ、そんな無茶な……」

「あ、うるさい! 次は馬に轢かれても奴を止めろ! わかったな!?」

「……はい」


 ブギョーナは、足を引きずりながら馬車へと乗り込むが、もうどこに行けばいいかもわからなくなってしまった。


 なんせ、会って話す機会が完全に奪われたのだ。このままでは、接触することもないまま、いたずらに時間だけが過ぎて行く。


「あ、おい! オバーサ……何かいい手がないのか!?」

「えっと……少々お待ちください」

「あ、もたもたするな、クソったれ無能ババア! そんなだから行き遅れるんだ」

「……」

「ああ!? あ、黙ってないで、早く策を言え!」

「は、はい。テナ学院でヘーゼン=ハイムの親友だと言っていた将官がいます。そのツテで、今回のことを伝えてみればどうでしょうか?」

「……あ、なるほど」


 ブギョーナはしばし考えるが、他に手も思いつかない。


「あ、名は?」

「セグウァ=ジュクジォと言います」

「あ、あの豚女帝の間男か」


 当時、天空宮殿で話題になったことがある。48歳のジュクジォ家の当主レアピッグが、若い平民を夫にしたと。


「あ、まあいい。では、一刻も早く向かえ」

「……かしこまりました」


 ブギョーナを乗せた馬車は、天空宮殿の人事局へと移動した。


 数時間後に到着し、取り次ぎから10分もせずセグウァは部屋へと入ってきた。


 調べたところによると、人事局ではかなり優秀のキレ者らしい。


「お待たせしました。まさか、ブギョーナ様ほどの方が私などに面会などと、耳を疑いました」

「あ、ふひょ……あ、いやいや」


 爽やかな笑顔の青年はそう言って、深々とお辞儀をする。どうやら、あのカスゴミ(ヘーゼン)とは違い、目上への礼儀も心得ているらしい。


 この男ならば話も早そうだ。


「早速だが、ヘーゼン=ハイムと親友だったそうだな?」

「はい! 彼とは、テナ学院の時も、将官になってからも、互いに連絡を取り合ってます」

「……そのヘーゼン=ハイムに危機が迫っているとしたらどうする?」

「それは由々しき問題ですね。彼は僕が命を賭けても守る。そして、彼も僕をきっとそう思ってくれているでしょう」

「……それは、本当に?」

「もちろんです。もし、彼が『自分のために命を賭けて欲しい』と言えば、私は喜んで賭けます。彼もまた同じであると私は信じてます」

「あ、ぅくぅ……」


 思わず、ブギョーナは下を向いて笑う。若く甘ったるい青春観劇によくある、臭すぎる友情。聞くたびに嗚咽がでそうなほどの嫌悪感を覚えるが、これだけ豪語するのであれば問題ない。


「あ、ぐふ……そうだろう? 私は、いち早くその情報を掴んだんだが、当の本人に会えなくてな。なんとか、取り次いで欲しいのだ」

「どのような情報なのですか?」

「あ、そ、それは直接伝える」

「……あの、それでしたら手紙か何かでお伝えした方がいいのでは?」


 セグゥアが、若干不審な表情を浮かべて尋ねてくる。


「て、手紙でなど言える訳がない。極秘の情報だからな」

「……ご用件を伺えないと、私の方も、どうにもお伝えのしようがなくて……困ったな」

「あ、お、おい! 失礼だろう!? 私を誰だと思っている!? 私の言うことが嘘だとでも言うのか!?」


 ブギョーナがまくしたて、セグゥアの胸ぐらを掴む。


「……大変、失礼しました。名門であるゴスロ家の当主様への態度としては適切ではないですね。どうかお許しください」

「あ、まあ……わかればいい」


 なるほど、この男は正面立って逆らう気はないらしい。権威にもかなり従順なタイプなのだろう。こう言った輩は、押せばいける。


「それで! いつ、ヘーゼン=ハイムと面談できるんだ!?」

「すぐに取り計らいましょう。予定がつきましたら連絡しますので、邸宅で待っていてもらえますか?」

「あ、ふひっ……長くは待たんぞ!」


 そう言い捨てて、ブギョーナは部屋を出る。


「……あ、ひひひっ。あひっひひ……」


 そうだ、本来爵位が違えば、この感じが普通なのだ。職場であれば、階級の方が重視されるが、プライベートであれば爵位の方が重視される。


 ブギョーナは、馬車の中でほくそ笑みながら、勝ちを確信した。かなり手間取ったが、これで終わりだ。あの、ヘーゼン=ハイムの歪んだ顔が本当に待ち遠しい。


「あ、おい、クソったれ行き遅れババァ。手紙が来たら、すぐに取り次げよ」

「……はい」

「あ、ふひっ……ふふひひっ……」


 目の前で義母を犯されるヘーゼンを想像しながら、ブギョーナは涎を垂らし、笑顔を浮かべ、何度も何度もエアで腰を振った。


「あ、フンフンフンフフン! あ、フンフンフンフンフン! あ、フンフンフンフフンフンフン! あ、フンフンフンフンフン! あ、フンフンフンフフンフンフン……」


 





























 それから、2日経過したが、なんの便りも来なかった。

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[一言] オバさんどうするんでしょう
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