ラスベル
*
遡ること30分前。教室で見つめ合う教師のバレリアと元教え子のヘーゼン。その交差する視線に、どことなくバツの悪い想いを抱くラスベル。
「僕は、先生と話があるから」
「は、はい。わかりました」
青髪の少女は、慌ててお辞儀をして、職員室を退出した。中には、2人だけ……ということは、2人っきり。
「……」
いや、別に不思議なことじゃない。ラスベルを紹介したのは、他ならぬバレリア先生だ。そんな融通を利かせてくれた恩師に挨拶をしに来ても、なんら不思議ではない。
「……」
なんとなく、ラスベルは、足早に、逃げるように、廊下を歩く。ヘーゼンが来た時のバレリア先生は本当に驚いていた。
あの、いつも冷静で、朗らかで、頼りになるはずの先生が、まるで借りてきた猫のように、大人しくなった。
まるで、待ち焦がれた思い人に会ったかのように。
「2人っきり……」
元教え子と教師の関係だけだろうか。青髪の少女に、そんな疑念が湧いてくる。先輩たちの話によると、2人はかなり親しかったという。
だが、バレリア先生本人からは、ヘーゼン=ハイムの話は一度として聞かなかった。むしろ、言葉を濁し、避け、必死に別の話題に変えようとしていた。
「……」
バレリア先生は物凄く美人だ。頼りになるし、強いし、物知りだし……プロポーションもいい。誰がどう見ても憧れる理想の大人だ。
一方で、ヘーゼンも……ある意味で大人だ。まるで、100年以上生きたような知識の深さと教養。万物を見通す既視感は、恐れすら抱くほど。
「……年下はあり得ないだろうな」
ラスベルはボソッと口にする。テナ学院での頃ですら、恐らく自分よりも大人びていたに違いない。そんな彼が、仮にお付き合いをするとすれば、かなり大人の女性ではないだろうか。
「はぁ……」
そんな邪推をしながら、ため息の理由がわからないまま、トボトボと歩いていると、馬車の前でレイラクに出会う。
ラスベルは、慌ててお辞儀をする。
「お久しぶりです」
イリス連合国の決戦前に、一度、ヘーゼンによって顔合わせをされた。数回会話を交えるだけでも、相当なキレ者であることがわかった。
「驚いた。そう言えば、まだ学生だったのだね」
「……いえ。私なんて」
そう否定しつつも、瞬時に大人美人のバレリア先生のことが頭に浮かぶ。今頃、2人は楽しく昔話に華を咲かせているのだろうか。
「あの……どうして、ここに?」
ラスベルは尋ねる。
「ああ。私はヘーゼン殿の護衛を命じられている。それで、彼がテナ学院でお世話になっている人に挨拶回りをしたいというので」
「お世話に……」
「私もついていきたかったのだが、『久しぶりに会うからゆっくりと話したい』と言われて、断られてしまった」
「ゆっくりと……」
そう言いかけた時、慌てて彼女は邪推を振り払う。こんなことを思うのは、あまりにも2人に失礼だ。そもそも、ヘーゼンはすでにテナ学院を卒業している。もはや、教師と生徒の関係でもない。
仮に、万が一、そうであったとしても、なんら問題がないはずだ。
「ヘーゼン殿は今、誰と会っている?」
「ば、バレリア先生と」
「ああ! あの『戦場の隼』か!」
「……ご存じなんですか?」
「有名だったよ。まあ、男性陣の間では、その美貌もだがね」
「……美貌」
「……」
・・・
「……ああ、そう言えば。忘れていたな」
レイラクがコホンと咳払いをして、ハッとラスベルが我に返る。
「ど、どうしたんですか?」
「少し所用を思い出したので、私は別の場所へと向かわなくてはいけない。数時間ほど席を外すので、その旨をヘーゼン殿に伝えてくれないか?」
「ご、護衛はいいのですか?」
「ヘーゼン=ハイムに護衛の必要があると思うかい?」
「……確かに」
ラスベルは思わず苦笑いを浮かべる。
「私の役割は、護衛というよりは、むしろお目付け役に近いな。立場上、下手に動き回られると色々と厄介なのでね」
「……わかります」
彼女自身、天空宮殿での生活は長かった。そこでの派閥事情も知っているし、レイラクの立場もなんとなくは察せられる。
「と言うわけで、頼んだよ。もしかしたら、バレリア先生との会話中かもしれないが、そこは申し訳ないね」
「……わかりました」
レイラクに深々とお辞儀をして、ラスベルはそのまま走り出す。なんと言うか……気を遣われたのだろうか。やっぱり、自分は子どもで、レイラクは大人だ。
「はぁ……はぁ……」
走りながら、走る理由もよくわからないまま、目的地に近づくにつれ、胸の動悸が止まらなくなってくる。もし、職員室に入った時に自分はどんな風に思うのだろうか。
「……っ」
廊下の角を曲がった時に、ヘーゼンと鉢合わせた。
「どうしたんだ? そんなに急いで」
「えっ……いえ、あの……レイラク様が少し別の場所に行くから、その旨を師に伝えてくれと……言われまして」
「そうか。それで、わざわざ、走って伝えてきてくれたのか?」
「は、はい! いえ、あの……入れ違いになってしまうと、いけないと思いましたので……その……」
しどろもどろになりながら説明にもなっていないような説明をしていると、ヘーゼンが笑顔を浮かべて頷く。
「ありがとう。君はいい弟子だ」
「い、いえ! 当然です」
「だが、僕の挨拶周りも、まだ続くのでね。少し時間がかかりそうだったから、ちょうどよかったな」
「そ、そうですか」
「バレリア先生との会話を邪魔してすまなかったね。彼女は、まだ職員室にいるから」
そう言い残して。
ヘーゼンは颯爽と去っていく。
「……」
その表情だけでは何も読み取れなかった。なんとなく、足早に去って行くのは、いつも通りなのか、気のせいなのか。
ラスベルは、そのまま、職員質の扉を恐る恐る開ける。
「し、失礼しまーす……っ」
ガビーンとしてる!?




