西門
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同刻。要塞の西門では、進軍を開始したディオルド公国兵の猛攻を、帝国が必死に抑えていた。戦線をブィゼ大尉、マカザルー大尉が切り盛りし、シマント少佐は彼らの側で控えながら戦列を見守る。
帝国軍は第1大隊と第3大隊で兵数は8000ほど。対してディオルド公国軍も同数の8000ほどである。
「なめられたものだな。攻城戦において、同程度の兵力で向かってくるとは」
シマント少佐は不敵に笑う。
「ギザール将軍が名を馳せているのは、ディオルド公国が中堅国家であるからだ。帝国のような大国であれば大尉までにも登れるかどうか」
「がははっ! その通り。恐るるに足らず。ところで、ロレンツォ大尉……いや、大尉格を降りたのだったな。ヘーゼン少尉に追い出されたか?」
「……こちらの援護に回るよう指示されました」
「必要ない。大尉の面汚しが。貴様のような恥さらしが援護などと寝ぼけた事を言うな」
「そうだ。さっさと、ヘーゼン少尉に頭を下げて、第2大隊にいさせてくれと懇願するのだな」
「……」
シマント少佐とマカザルー大尉が軽口でロレンツォ大尉を嘲笑う。他人を見下すことで、無理矢理自分たちを鼓舞しているのか。それとも、本当にそう思っているのか。どちらにしろ、期待は薄そうだ。
ロレンツォ大尉は隣にいるカク・ズの方を見る。
「準備は?」
「いつでも。行きますか?」
「……いや。もう少し様子をみよう」
戦は始まったばかりだ。ヘーゼン少尉が言うには、ギリギリまで待った方がいいと言うことだった。
そんな中、ディオルド公国軍の中心から、ギザール将軍が騎馬に乗って走り出す。ただ、一人で飄々とこちらへと向かってくる。
「単騎とは剛気な。よし、俺に任せろ」
マカザルー大尉が騎馬に乗って出る。
数分後、互いに戦場で対峙した時、戦線の動きが止まる。ディオルド公国兵も帝国も一旦、攻撃をやめ戦線を下げた。
「ギザール将軍だな? 我が名はマカザルー。一騎討ちで勝負したい」
「ああ。構わない。銘は『雷切孔雀』だ」
「がははっ! 銘は『黄岩乱波』。貴様を殺す魔杖だ」
両者は互いに魔杖を構える。名工がこしらえた魔杖は業物とされ、それぞれ銘という形で残る。マカザルー大尉もまた、大尉の中で業物を持つ唯一の魔法使いである。ギザール将軍の雷切孔雀は切れ味のよい名刀のような形状。対して、マカザルー大尉の黄岩乱波は巨大な鎚のような形状だった。
「……」
しかし、その様子を眺めながら、ロレンツォ大尉は額から一筋の汗を流した。
『一騎打ちは徹底的に避けろ』、開戦前にヘーゼンは再三釘を刺したが、完全にマカザルー大尉は、指示を無視している。
腕に自信のある魔法使い同士の一騎討ちはよくあることだ。
マカザルー大尉も、かなりの武闘派なので強い。もちろん強いのだが、それはあくまで大尉の中での話。そんな心配をよそに、彼は高々と魔杖をあげる。
「では、始めよう。俺の魔杖を見よ!」
「すまないな。もう、終わってる」
「あ? なにを言ってる?」
そう口にだしたマカザルー大尉の頭は、ギザール将軍の手の中にあった。そして、首のなくなった胴体が遅れて倒れ、血が吹き出す。
ギザール将軍は先ほどの位置からまったく変わっていない。
常人には確認できないほどの高速斬り。
誰もが注目する中で、誰もが視認できぬ状態で、マカザルー大尉の首を斬り、悠々と自身の位置へと戻ったのだ。ロレンツォ大尉は思わず生唾を飲み、隣のカク・ズの方を見る。
「あれが……魔杖……『雷切孔雀』。君は見えたか?」
「……見えませんでした」
「……」
雷と同等の速度で移動し、気がつけば死が訪れていると言う。話には聞いていた。しかし、聞くのと目の当たりにするのは、天と地ほどの違いだった。まさか、これほどまでとは思わなかった。その絶大な能力を、ギザール将軍は完全にものにしている。
シマント少佐もブィゼ大尉も、唖然としていて言葉もない。ギザール将軍は、ブィゼ大尉に向かって、マカザルー大尉の首を投げ込む。
「次はどいつだ?」
「ひっ……貴様ら、全軍でギザール将軍を蹂躙せよ」
ブィゼ大尉が取り乱しながら叫ぶ。
「うっ……うおおおおおおおっ」
意を決して、第1、3大隊がギザール将軍に向かうが、次の瞬間にはその姿は消えていた。
「どこへ……どこへ行った」
「ここだ」
ブィゼ大尉がキョロキョロとしている背中に、ギザール将軍は現れていた。
「ひっ……」
ブィゼ大尉は、驚き膝を崩して倒れ込む。
「情けない男だ。部下に前進させて、自らは後方に控えるとは」
「だ、だ、頼む! 命だけ……命だけは……」
「……私は貴様のような者が一番嫌いだ。死ね」
ギザール将軍はそう吐き捨て、ブィゼ大尉の心臓に雷切孔雀を突き立てた。
「て、て、て、撤退ー! 撤退だぁー!」
シマント少佐が叫び、我先にと馬を走らせる。
「呆れたな。いきなり撤退とは。しかし、これは絶好の好機だな」
ギザール将軍が手を挙げると、ディオルド公国の全軍が西門へと突撃してくる。シマント少佐は一番先に到着し、血が出るほど激しくその門を叩く。
「い、いけませんシマント少佐! ここを開ければ……」
「うるさい、上官命令だ! 開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ! 開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ! 開けろ開けろ開けろ開けろ開けろ開けろおおおおおおおっ!」
「……っ」
ダメだ。完全にシマント少佐は恐怖に囚われている。上意下達。とすれば、少佐の指示に従わないといけないことはわかるが、それをすれば敵まで要塞になだれ込んでしまう。
「いいよ」
「えっ?」
「ヘーゼンが言ってたんだ。ロレンツォ大尉が困ってたら助けてやれって。だから、大丈夫」
「し、しかし……」
「心配しなくていい。ここは、俺が守る」
そう言い放ち、巨漢の青年はディオルド公国の兵たちを前にして、巨大な槍のような魔杖を地面に突き刺した。




