人材
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脇目も降らず、ヘーゼンは馬で駆ける。当然、遥か後方で『チックショー』と叫び狂う瓢箪顔面老人のことなど、意識の隅にも入らない。
「いいんですか? 用件だけでも聞いておいた方がいいのでは?」
隣のレイラクは、苦笑いを浮かべながら尋ねる。
「必要ありません。首が絞まっているのは、あちらの方だ」
接触する時間を減らすことで、考える時間を減らす。そうすることによって、相手は焦る。そうすれば、冷静な判断ができなくなり悪手を打つ。
「……すでに、何かヘーゼン殿に仕掛けて来たのではないですか?」
「そうかもしれません。であるのならば、なおさら聞かない方がいい」
ヘーゼンはキッパリと答える。切り札は、出す場所があってこその切り札だ。出す場所がなければ、相手はどうにかして出そうとする。
そうすれば、多少、無理があっても強引に行動を起こそうとする。そこに、歪みやねじれが生じて隙ができる。
そこを刺す。
「まあ、やることが多くて構っていられないというのも事実です」
「……アウラ秘書官は、『あまり派手に動かないで欲しい』と言ってましたが、まあ、無駄な制止でしたな」
レイラクは大きくため息をつく。
「申し訳ないですね。時間を1秒も無駄にするつもりはないんです」
特に、この期間はやる事が山ほどある。目下、力を入れたいのは、将来を見据えた自領の戦力強化である。元最年少竜騎兵団団長のラシードが、そろそろ竜騎を連れてくるために、砂国ルビナに旅立つ。
弟子のラスベルも、そろそろテナ学院に戻さないといけない。そうすると、実質的な戦力がカク・ズと領主代行のラグだけだ。
とにかく元雷鳴将軍ギザールの離脱が痛かった。安定感とフットワークの軽さが同居するような存在は少ない。正直言って、かなり使い勝手が良かった。
将来のため、泣く泣くイリス連合国に売ったが、やはり、いなくなってそのありがたみを痛感した。
「……」
レイラクのような優秀な副官がいれば、もう少し楽なのだが、『ない袖を振っても仕方がない』とヘーゼンはため息をつく。
「……それで? これからどこに行くのですか?」
「テナ学院に。ちょうど、弟子のヤンが入学するので、先生方に挨拶しないと」
これに関しては、特に念入りな根回しが必要だと感じてる。ヤンは未だ、魔法が使えない状態だ。魔力の胎動は感じるので、あとは放出になれるだけなのだが、これはかなり難しい。
まあ、才能だけは飛び抜けてあるから、練習をすれば、数ヶ月もしないうちに使えるようになるだろうが、それまでは教師の手厚いフォローが必要だろう。
「意外と過保護ですな。弟子のために、わざわざ挨拶なんて」
「教育への投資は惜しまない性質なんです」
あとは、教師のバレリアに有望な生徒をもっと紹介して欲しい。ラスベル並みにとはいかなくても、あの学院ならば、それなりの人材はいるはずだ。
今のうちに目をつけておいて、後々の戦力に当てたいものだ。そんなことを考えていると、レイラクが呆れた表情を浮かべる。
「目下、ヘーゼン殿と社交を行いたい上級貴族は山ほどいます。彼らを差し置いて、まだ子どもの生徒たちに目を向けるのですか」
「もちろん、重要なポジションの方や、気になる方には会います。ですが、そちらは多少なりとも焦らした方がいいのです」
人は人気のあるものに群がる性質がある。そして、人気があることを見せるには、行列を作らせるのが効果的だ。
「……なるほど。セルフプロデュースにも余念がないと言うことですか」
「そんな大層なものじゃありませんよ。ただ、人は本当に欲しいものならば、いくら並んだって、高価なものだって買うものでしょう?」
「……」
「そして、並べば並ぶほど……費やした対価に見合った成果を誇りたいものだ」
今のヘーゼンは希少価値が高い。イリス連合国を滅ぼし、大将軍グライドの首を取った若き将官。天空宮殿の話題を席巻している人物と社交ができると言うことは、他の貴族に対して優位を見せる事ができる。
言わば、プレミアがついている状態だ。ヘーゼン=ハイムと社交するだけで、他の貴族たちに対して自慢ができる。話が盛り上がる。だから、群がってくる。
ヘーゼンにとっては、くだらないことこの上ないが、貴族社会においては、非常に重要なステータス作りとなる。
それならば、より高く価値をつける者に買わせた方がいい。
「本来ならば、この機会にデリクトール皇子など、他の皇位継承候補者と会ってみたかったが……」
「それは、私が全身全霊で止めます」
「……」
レイラクはニッコリと笑顔を浮かべる。やはり、アウラ秘書官に面会する人物の制限を指示されているのだろう。
籠に入れられたように窮屈ではあるが、今、勝手をして彼と敵対するのはマズい。そう言った状況を踏まえて行動できるレイラクもまた優秀だ。
「……やはり、臨機応変に対応できるいい人材ですな。アウラ秘書官が羨ましい」
「褒めたところで、何も出ませんよ。私はヘーゼン殿の恐ろしさを知ってますからね」
「はぁ……」
黒髪の青年は大きくため息をつく。
人材が不足している。
ヤンをテナ学院に派遣すると、内政面でも心許なくなってくる。そう言う意味では、ノクタール国には潤沢な人材がいた。
ヘーゼンは内心でかなり焦っている。功績がデカ過ぎるが故に、授与される土地も財も莫大だ。そうなってくると、防衛力も内政面も強化しないといけないのだが、それが追いつかない。
人材が不足している。
その時、伝書鳩が来た。ヘーゼンは、括り付けられていた手紙を開き、読む。
『帝都で有名なあのマッチングプリンちゃんをスカウトできましたゾー。これで、熟○デ○専人気△×嬢目当てに、集客が見込めますゾー。我が領の歓楽街にも、ますます粒が揃って来ましたゾー。モズコール』
「……」
人材はいるんだよなぁ、とヘーゼンはため息をつく。




