勝利
背後に8種類の魔杖が出現させる。それは、物を見えなくすることができる魔杖の『幻透』と自在に物質を動かすことのできる魔杖『念導』を駆使した結果だ。
一方で、ニデル騎団長もまた自身の魔杖を振るう。すると、死亡した兵たちの側から剣や槍が浮かび上がって、宙に浮くヘーゼンに向かって襲いかかる。
「念動の上位互換か。素晴らしい」
そう言いながら。新たな魔杖がヘーゼンの手中に収まる。扇状のそれを振るって、即座にその場から移動して地面へと着地する。
ヘーゼンはこの魔杖を『風鳴』と呼んだ。
「自在に飛翔するなど……化け物の類か」
「それができていれば苦労はない。工夫と改善の結晶だよ」
ヘーゼンは偽らず答える。空を飛翔する能力は、彼が上位に欲した能力だ。しかし、できなかった。宝珠の質が悪く、自身を持ち上げるほどの浮力を作り出せなかったからだ。
ニデル騎団長の魔杖やヘーゼン自身の持つ念動もまた、個体の浮力を操るが、それば固形物質にのみ適応される。
なので、物質が常に流動しているような、いわゆる生命活動をしているものを動かすことはできない。
代わりにヘーゼンは自身の体重をゼロにして、跳躍の力を利用したり、この風鳴が起こす風を使用して移動することを考えた。
そして。
地面に着地し、風鳴を再び振るうと、大量の剣や槍が一斉に吹き飛ばされる。
「このような使い方も可能だ。便利だろ?」
「……っ、ならば!」
ニデル騎団長が叫ぶと、大岩が宙に浮いて、こちらに向かって襲いかかってきた。
「なるほど。確かに、それは風鳴では対処できないな」
ヘーゼンはもう片方の手のひらに別の魔杖を収めた。それは、鎌のような形状かつ槍ほどある大きさのものだった。大岩に向かってそれを振るうと、それは真っ二つに割れた。
「なん……だとっ」
「物質を切断することのみにこだわった魔杖だ。鋼斬と呼んでいる。ヤジ鋼までなら、プリンみたいに斬れるので重宝しているよ」
「……っ」
「さて、そちらにもう手がなければ、チェックメイトと行こうか」
「……の、ノユダタ歩団長、私では手に負えん! 共闘を」
ニデル騎団長が叫ぼうとした瞬間、氷の円輪を無数に放った。その数は、実に百以上。そして、彼の右足、右腕がバラバラに吹き飛ぶ。
「ぐわあああああああああっ!」
「戦場で余所見をするのは、感心しないな。狙ってくれと言っているようなものだ」
すでに、ヘーゼンには別の魔杖が収まっていた。先日戦ったクミン族のコサクから奪った魔杖『氷円』である。
唯一ヘーゼンが持つ7等級の宝珠を使用した魔杖だ。自身で改造したことで、一つの円輪ではなく、多数の円輪を生み出すことに成功した。
「単純な造りだが、効果は大きい。特に一個師団をまとめて屠りたい時にはね」
「……っ、ノユダタ歩団長」
ニデル騎団長の視線には、その円輪に巻き込まれて、バラバラになっている歩団隊の面々がいた。ノユダタ歩団長の首もまた地面に落ちており、その姿は無残だった。
「残念だよ。どんな反撃をしてくるか期待していたのに……これでは、彼の魔杖の能力がわからなかった。まあ、後々解析するか」
「……無念だ。貴様のような化け物が存在しているとは」
もはや、死に至ることは確実。しかし、半身を失ってもなお、ニデル騎団長は堂々としていた。
「この程度でそんな大層な呼び名は必要ないと思うがね」
「しかし、貴様はギザール将軍には勝てない」
「……ほぉ。そんなに強いのか、彼は?」
「強い。私が今まで見た中でも随一だ」
「それは、楽しみだ」
「先に地獄で待っているぞ」
「ああ」
ヘーゼンは頷き、その首を切断した。その圧倒的な光景を見ていた第2大隊が沸き立つ。
対して、ニデル騎団長率いる騎馬隊は、もはや死体だった。
しかし、黒髪の青年はその攻撃を緩めることはない。やがて、第2大隊に向かって振り向いて手を挙げた。
「このまま、彼らを駆逐する!」
そう叫び。
さらに、氷円を数回振い敵陣に壊滅的な打撃を与えた。
「ぜぇ……ぜぇ……」
「へ、ヘーゼン少尉。大丈夫ですか?」
「あ、ああ。大分、疲れたがね」
さすがに魔杖を使い過ぎた。特に百以上の氷を造りだす氷円は、慣れていないせいもあってか消耗が激しい。
「しかし……これで、勝てますよ」
「いや、まだ。西門次第だ」
ヘーゼンは答えた。




