戦況
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ヘーゼンがロレンツォ大尉の元に戻ったのは、夕陽が落ちた時だった。
「よくやってくれた。コナハワン弓団長を暗殺したのは、君だな」
「戦果にならない殺しはしたくなかったですが、勝つためだ。仕方がありません」
ヘーゼンは淡々と答えた。
もともと圧倒的に少ない人員を弓で削られることは、非常に痛い。まず、最初に消しておかねばならない人材だった。
「しかし、よくも忍び込めたものだ」
「戦場では敵味方の区別など、旗と服装くらいでしか認識できない。まして、弓は狙いを絞るため一点に集中しなくてはいけない。そこを、上手く突けました」
「しかし、コナハワン弓団長は不能者と言えど、かなりの精兵だった」
「こちらの士気が高かったので、盛り返すためにあちらも夢中で矢を射るしかなかった。あとは、臆さない度胸と平常心です」
「……敵に囲まれている中で、それができることが異常なんだよ。すべて、計算づくのところも含めてな」
ロレンツォ大尉が苦笑いを浮かべる。
「とは言え、明日は本格的に攻勢をかけて来ます。ギザール将軍も動くでしょう」
「……ならば、そこで対峙すると?」
「いえ。明日は、行きません」
「なぜだ?」
この要塞には、ギザール将軍の猛攻と対峙する戦力がない。そして、それはヘーゼン自身がよく知っているはずだ。
しかし、ヘーゼンは淡々と理由を述べる。
「あくまで陽動だからです。この将軍が単体で動いたところで開門はあり得ません。私は本命の策を潰す必要がある」
「し、しかし。それなら、誰がギザール将軍と対峙するのだ?」
「シマント少佐。マカザルー大尉とブィゼ大尉。3者でなんとか凌いで頂く」
「……それでもダメであれば?」
すべての指揮官が討たれてしまえば、その門の士気は壊滅的な状態になる。確かに、ギザール将軍の軍には開門の特殊部隊はいない。しかし、塀をよじ登られて中に入られることだって想定される。兵たちが逃亡してしまえば、できないことではない。
「ロレンツォ大尉。あなたには、状況を見てカク・ズを投入頂きたい」
「彼がギザール将軍に勝てると?」
「いえ。勝てないでしょう」
「ならば、無駄死にでは?」
「大丈夫です。勝てない代わりに負けもしない。それに、カク・ズの相手は軍全員です」
「軍……全員?」
「言葉では説明しづらいので、後は戦場で」
ヘーゼンは、そう言い残してその場を離れた。
馬で各部隊の状況を確認する。想定していたよりも、2割ほど被害が薄い。これは、嬉しい誤算だ。
「バズ准尉」
「はっ!」
「明日も戦えるかどうか微妙なラインの重傷者を一箇所に集めろ」
「……もしかして、彼らを魔法で癒すと?」
「こちらは、兵数が足らない。少しでも、兵を戦線に動員させる必要がある」
「し、しかしそれではヘーゼン少尉の魔力が」
「問題ない。明日。そして、明後日までの分は残しておくさ」
「……ですが、ヘーゼン少尉もお疲れなのでは? 昨日も作戦の立案のため、ほとんど寝ていないとヤンから聞きました」
「当然だ。僕は上官だからな。下士官よりも、力を尽くす義務と責任がある」
「……」
「ん? どうした?」
「そんな言葉、今まで生きてきて初めて聞きました」
「まったく。嘆かわしいな。より多くの賃金を貰っているのだから、当然だろう」
「しかし、出世は功績を認められてするものなのでは?」
「それならば、褒賞でいいじゃないか。軍人の出世とは、より多くの者を指揮するに足る存在であると認められた時にするものだと僕は思う」
「……」
「たまに指揮することを、『命令だけして威張ること』と勘違いしている上官がいるが、それらは能力がないか努力が足りないかのどちらかだ。そうした場合、より上の上官にその者の醜態を晒すのがいい」
「あ、相変わらず怖いことをサラッと言いますね」
「君への助言だよ。僕は、いつまでもここにいる訳ではないからな」
「……」
バズ准尉の表情が一瞬、歪んだが、ヘーゼンは気にしない。彼は部下が自分をどう思おうが、あまり興味はないからだ。
「話が逸れたな。要するに、そんな取るに足らぬ上官を僕は軽蔑する。そんな者に人はついてこない。ついてこなければ指揮はできない。だから、僕は君たちの上官として当然であることをする訳だ」
「ヘーゼン少尉。お慕いします」
「慕わなくてもいい。君は部下としてやるべきことをやれば。そして、同時に君も部下にやるべきことをやるんだ。そうすれば、必然的に軍は強くなる」
「はい。ですが、私はお慕いします。現実には、そのような考えはなかなかできないものです。それを躊躇なく実践しているヘーゼン少尉を、やはり私は尊敬します」
「……勝手にするといい」
「はい! 勝手にします」
元気よくそう言い残して、バズ准尉は去って行った。




