乾き
「グハハっ、面白い! やはり、最後の相手が貴様でよかったぞ、ヘーゼン=ハイム! もっとだ! もっと貴様の実力を味あわせてくれ! このどうしようもない渇きを潤すのは強者のみ!」
グライド将軍は、沸る血を抑えきれないように興奮して叫ぶ。一方で、ヘーゼンは冷静だった。左手に新たな魔杖を持ちかえ、右手の指を滑らかに動かす。
「させるか!」
攻撃を封じるため、火炎槍の炎が放たれた。その大炎の塊は先ほど戦っていた時よりも、遥かに大きく威力も強い。
だが。
<<絶氷よ 幾重にも重り 味方を護れ>>ーー氷陣の護り
ヘーゼンが唱え終えた瞬間、氷の魔法陣があっけなくそれをかき消した。
「くっ……その魔杖の効果か!」
「違いますよ」
そう答え、ヘーゼンはもう片方の手で握る魔杖を振るう。瞬間、四方数百メートルが深淵のベールに包まれる。
「黙殺ノ理。僕が唯一保有する一等級の宝珠を費やした魔杖です。これで、僕の力を見られるのは、弟子二人とあなただけ……今はまだ誰にも知られたくないのでね」
「ハッタリを言うな! 貴様のような策士の言葉には乗らん」
グライド将軍が叫び、火炎槍と氷絶ノ剣を交互に合わせる。
火炎槍がより紅く、氷絶ノ剣がより蒼を増していく。凄まじい魔力が両手に集約し、二対の大業物に伝わっていく。
「炎氷絶技」
そうつぶやき。
二対一体の大業物を、見惚れるような動きで振り抜く。
「舞えーー氷竜、炎孔雀」
「……っ」
火炎槍から放たれたのは炎孔雀と、氷絶ノ剣から放たれた氷竜が同時に襲いかかってくる。
だが。
<<氷刃よ 敵を貫きて 爆炎と化せ>>ーー水陣の反乱
ヘーゼンの右手で放った魔法は、鋭い氷に巨大な炎の渦が纏った状態で放たれた。それは、炎孔雀と氷竜を一瞬にして霧散させた。
「ば……馬鹿な」
「水・火の二属性魔法。相反する属性を同居させることで、鋼鉄すら容易に溶かし、マグマさえも凍てつかせる」
「……っ」
グライド将軍は、即座に自身の頬を殴る。
「幻術じゃないよ。まあ、対策は人一倍立てているだろうから、あなた自身が一番わかっているのだろうけど。そして……この魔杖の効果でもない」
「……っ」
まるで、見せつけるように。ヘーゼンは左手の魔杖を放り投げる。
「嘘だ! 魔杖なしで、こんな魔法が放てるはずがない! そんなものは……聞いたこともない!」
グライド将軍が目の前の光景を否定するように叫ぶが、その間で、ヘーゼンは指を精緻に動かし、別の魔法を放つ。
<<果てなき業火よ 幾千と 敵を滅せ>>ーー漆黒の大炎
瞬間、漆黒の炎が襲いかかる。グライド将軍は、すぐさま氷絶ノ剣で幾重にも氷膜を張るが、瞬時に溶けて業火に包まれる。
「ぐああああああああああああああああっ!」
「君の感想はどうでもいいな。魔法体系を戦闘で使うのは、2年ぶりだ。せっかくだから、ウォーミングアップと試し撃ちに付き合ってもらう……頑丈なあなたの身体でね」
「……っ」
満面の笑みで言い放つ。
「……」
「ん? ヤン、ラスベル。どうかしたかい?」
「「どうかし過ぎている!?」」
ヘーゼンはドン引きし過ぎてガビーンとし過ぎている弟子2人に首を傾げる。一方で、グライド将軍の身体は修復が始まっていた。
だが、その皮膚は爛れ、みるも無惨な姿になっている。夥しいほどの火傷を抱えながら、老人は何度も何度も疑問を口にする。
「なぜだ……なぜ、跳ね返せない!?」
「単純に魔法使いとしての格の差だろう」
「……ば、馬鹿なっ」
「君は、たかが数十年戦場で戦い有名になった数あるうちの猛者の一人に過ぎない。僕は、これでも100年以上は最強魔法使いとして君臨していたんだ」
「……っ、ふざけるな! そんな妄言をーー」
「西大陸……」
その時、隣にいたヤンがボソッとつぶやく。
「おっ。気づいたか……偉いぞ」
「茶化さないでください! 師、あなた、西大陸の出身者ですね?」
「うん」
「……っ」
サラッと。まるで、お粥を口に入れるかのようにヘーゼンは、サラッと答えた。
「すまないな。別に手加減をしていた訳ではないんだ。西大陸の魔法を使うと、東大陸の全土には侵略者と見なされる。だから、誰にも見られる訳にはいかなかった。そして……見られたからには、殺すしかない」
「……っ」
「まあ、どうせ殺すにしても。螺旋ノ理もあることだし、君の命が尽きるまで、できる限り、耐えてくれると嬉しいな」
「美味いかい? 絶望の味は」
「……っ」




