首都アルツール攻防戦(11)
地空烈断。
この魔法こそが、ヘーゼンに残された唯一かつ最強の手段だった。
グライド将軍は特級宝珠の大業物、螺旋ノ理によって、圧倒的な継戦能力と耐久性を持つ。
瞬間的にでも、それを超える威力を叩き出す必要があるのだが、ヘーゼンの保有する魔杖で高火力を叩き出す魔杖は他にはない。
すなわち。
地空烈断をどれだけ効果的に叩き込めるかが勝負の分かれ目になってくる。
「……まあ、いけるか」
ボソッとヘーゼンはつぶやいた。先ほどの激しい口上とは裏腹に、その思考は至って冷静だった。戦闘を有利に運ぶに当たり、相手の心を呑むのは必要不可欠だ。一つ一つの言動が、結果を呼び込むための手段である。
戦術は決まった。
構えをとった瞬間、背後に魔杖が8つ出現した。空中でクルクルと動き回り、その2つがヘーゼンの両手に収まる。
左手に持ったのは、円形の魔杖だった。
「火龍咆哮」
それは、まるで竜が放ったブレスのようだった。その円輪は、立ち上る炎を纏って襲いかかる。
「しゃらくさいわ!」
叫んだグライド将軍は、絶氷ノ剣を解放する。鞘から抜かれた刀身から氷刃が発生し、幾重にも重なり膨張し伸び続ける。
灼熱の円輪は標的には届かず、氷刃によって封じられた。
「……」
「今度はこっちの番じゃ」
グライド将軍は、火炎槍を五月雨のようにぶっ放す。
瞬間、ヘーゼンのもう1つの魔杖、氷雹障壁が発動する。攻撃を自動追尾で防ぐ氷柱は、強大な炎の塊を次々と打ち消していく。
だが。
火炎槍の勢いが勝る。そのいくつかが相殺できず、こちらに向かって襲いかかって来た。即座にヘーゼンは、もう片方の手に扇型の魔杖を納める。
奇扇ノ理。
相手の魔杖の効果を跳ね返す魔杖である。襲いかかってくる炎の塊を、別方向へとズラしてことなきを得る。
「……」
本来、攻撃が強力であればあるほど効力を発揮する魔杖だが、あまりにも威力負けして真正面には跳ね返せない。
「なんじゃ。拍子抜けじゃの。これなら、あの漆黒の鎧を着た戦士のが歯応えがあった」
「僕の方は予測通りですね。想定よりも強くも弱くもない」
「はっ! では、これをどう防ぐ?」
グライド将軍は、火炎槍と氷絶ノ剣を交差させる。
とめどない魔力が集まってくる。火炎槍がより紅く、氷絶ノ剣がより蒼を増していく。
だが、その前にヘーゼンは次なる魔杖を手に収める。
次の瞬間。
数千本の剣が背後に浮かび、それが全てグライド将軍に向かって向かっていく。
「くっ……」
グライド将軍は、炎孔雀と氷竜の召喚を断念し、火炎槍で応戦する。しかし、無数の剣は一瞬にして姿を消した。
「ふん……擬態か」
振り向いた先に、ヘーゼンはすでにいなかった。すでに、別方向へと出現しており、光白燕雨で数百の矢を放っていた。
「甘っ……!?」
グライド将軍が火炎槍を振るい応戦しようとした時に、数本の剣が身体に直撃する。
途端に身体が硬直し、反撃の中断を余儀なくされる。
蜃気ノ剣。数千本の幻覚剣の中に数本の具現化した剣を紛れ込ませて襲いかかる魔杖である。
だが、その剣は貫通せずに粉々に砕け散る。
「……カッカッカッ! その程度の魔力じゃワシの身体を貫くのは無理じゃな」
繰り出される数百本の光の矢も直撃で浴びたが、それでもグライド将軍は余裕の表情で笑う。
「……っ」
だが。そこには、すでにヘーゼンがいない。
「隠れたか。無駄なことを」
グライド将軍は、氷絶ノ剣を解放し、地面に氷膜を広げる。瞬く間に数百メートル以上に張られた瞬間、氷雹障壁の自動防御が反応する。
「そこじゃ!」
発生した氷柱に、火炎槍を五月雨で放つ。だが、そこにいるはずのヘーゼンは幻影として姿を消した。
幽玄燈日。氷雹障壁の自動追尾機能すら騙す幻影を作り出すことができる魔杖である。
「どこに行った……」
グライド将軍が周囲を見渡している光景を、ヘーゼンは遥か上空で見下ろし、別の魔杖を振った。
「地負重印」
「がっ……」
元々9等級であった魔杖、地負の宝珠の等級を変更して魔杖の改造を行ったものである。結果、威力が飛躍的に向上し、相手に与える重力負荷が数十倍に跳ね上がった。
そして、その魔法は一度放つと、5分はその威力が継続される。
もう片方の手に持っているのは魔杖、浮羽である。自身の体重をゼロにすることができ、一度飛び上がれば、しばらくは空中に浮遊することができる。
「ぐっぬぬぬぬぬぬっ!」
かつて味わったことがない感覚に、グライド将軍は戸惑いながらもがく。その間に、ヘーゼンは魔杖を地空烈断に持ち替え、溜めを作る。
通常、地空烈断は地に魔杖の先端を擦り付けるため、耳障りな音を発しながら魔力を蓄積する。
だが、それは2種類あるうちの1つの効果でしかない。
今回は空の力を利用するため音は発しない。
先ほど、炎孔雀と氷竜を切断したのも、空の力を利用した地空烈段だった。
地の力に比べ範囲は狭いが、その分切れ味と威力が増している。グライド将軍の耐久性を越えるには、極限まで研ぎ澄ましたそれを放つしかない。
「ぐっ……小癪な……」
「……」
予想よりも早く。
グライド将軍が立ち上がってきた。さすがは歴戦の猛者。きっちりと感覚を修正して、その膨大な膂力で重力の束縛から逃れる。
「ぐぬぬぬ……くはっ! 戦術を誤ったな! 空中で身動きが取れぬ状態をワシに晒すとは」
勝利を確信した笑みを浮かべ。
尋常じゃない脚力で膨大な溜めを作り、ヘーゼンに向かって驚異的な速度で飛び上がり、火炎槍を全力で振りかぶる。
瞬間。
「がっ……ぐっ……」
空中に飛び上がったグライド将軍の周囲に五芒星の光が燈り、その動きを完全に停止させた。
その光景を見下ろしながら。
ヘーゼンもまた、笑みを浮かべた。
「待ってましたよ。不用意に空中に突っ込んでくるところを。空中では、その自慢の膂力も役に立たない」
宙に浮いた状態は、無防備になる。それは、グライド将軍にも言えることだ。踏ん張り先のある地上では、その膂力が最大限に発揮されるが、空中では無意味だ。
そして、鞘に収まった氷絶ノ剣では、防御のための氷膜を張ることもできない。
空中で無防備を晒せば、ほぼ確実に火炎槍でトドメを刺しにくると、ヘーゼンは予測していた。
その魔法罠は、到着した6時間前にすでに仕掛けていた。
カク・ズとの激闘を繰り広げているグライド将軍を分析しながら、どのように効率よく、効果的にハメられるかを研究した。
「あとは、その自慢の耐久力を超えるだけ」
ヘーゼンは地空烈断の溜めを終え、もう片方の手に別の魔杖を収める。その形状は細い枝のような棒だったが、やがて地空烈断と同様の形状に変化した。
最後に持った魔杖を、偽神ノ業と言った。
自身の手に持つ魔杖の、10倍の魔力を消費することでその魔杖の能力を完全に模倣するというものだ。
ヘーゼンはすでに浮羽を手放しているので、そのまま上空から落ちていくだけだ。
「がっ……ぐっ……」
なす術もなくもがくグライド将軍と。
上空から落下するヘーゼンが交差した瞬間。
両手から同時に放たれた魔法の斬撃は。
グライド将軍の鋼鉄の身体に刻み込まれた。
「地空烈断ーー十字」




