暗殺
ギザールは唖然とした。当然、戦争に死はつきものだ。勇猛な者であればあるほど、早く死ぬ。しかし、コナハワン弓団長は、30年以上戦場を駆け抜けた強者だ。不用意に間合いを詰めるような戦士ではない。
「どう言うことだ?」
「近くにいた者に話を聞いておりますが、『突然、コナハワン弓団長の首が地面に落ちた』と」
「……暗殺か」
悔しげな表情を浮かべて歯を食いしばる。
「全団長に伝えろ。周辺の注意を怠るなと」
「はい!」
しかし、やられた。コナハワン弓団長は、攻城戦には欠かせない弓の名手だ。それを、ピンポイントで狙われた。
「コナハワン弓団長は、魔法使いでないが故に魔法への耐性が薄い。そこを突かれたのだろう」
「し、しかし。どうやって? 彼の周囲には味方しかいない」
「……恐らく単独で潜んでいたのだろう」
「味方の誰も気づかなかったとでも言うのですか? そんな馬鹿な」
「にわかには信じ難いが、そうとしか考えられない」
恐らく、ヘーゼン=ハイムとは暗殺系の魔法使いなのだと推測する。例えば、音もなく背後から近づけるような魔法が可能なのだろう。
「……しかし、これは吉報でもある」
「は?」
「優れた暗殺者であると言うことは、大した軍人ではないと言うことだ」
要するに、戦などの集団戦には向いていないのだ。それに、暗殺に特化した性能では、他の団長を倒すことは不可能だ。
「なるほど。ヘーゼン=ハイムの底が知れたと言うことですか」
「明日以降は、各部隊の団長を中心に、攻勢を担ってもらう。今日は一度撤退して隊列を立て直す」
本来ならば、兵数差で圧倒するのが望ましかったが、コナハワン弓団長の死で難しくなった。下手をすれば長期戦になる恐れがあるので、それは極力避けたいところだ。本来であれば、魔法使いの質では帝国の方が強いだろう。
しかし、帝国が派閥争いをしている以上、魔法使いの質は、こちらの方が上だ。
「では、各団長に伝えましょう」
「頼む」
その夜、ディオルド公国陣営の各団長が集まった。全員がコナハワン弓団長の死に、少なからずショックを受けているようだった。
「報告には聞いていたが、まだ信じられん。いとも簡単に、あの優秀な戦士が」
「優秀な暗殺者というものは、そう言うものだ。君たちも、周囲には十分に注意してくれ」
「はい!」
「ニデル騎団長。明日は存分に暴れてもらうぞ」
「任せてください。待ちくたびれましたよ」
「目的は、西門の突破だ。ここで、門の前にいる兵たちを駆逐すれば、ノユダタ歩団長の魔法で一気に開門する」
「しかし、2つの団を集中させてしまっては、あちらも集中的に防備を固めるのでは?」
「それならば、心配はない。明日からは、私も前線に立つ」
「おお。久方ぶりに雷鳴将軍が戦場を駆けるところを見られる訳か」
ゾナン鎧団長が、興奮気味につぶやく。
「まずは、私の方で敵を引きつける。ランドブル親衛団長は、後方へ待機して代わりに全体の指揮を取ってくれ」
「しかし、私は将軍をお守りしなくてはいけません」
「楽をしようとするなよ。私を守るなど、大陸でも有数に簡単な仕事だろう」
おどけて言うと、みんなが一斉に笑い出した。
「確かに。自分たちよりも遥かに強いギザール将軍を守るなど、赤子の手をひねるようなものだろうよ」
「それなら、いっそのこと子どもにでも守らせようか」
口々にそう言った冗談が飛び交い、ランドブルは嫌な表情を浮かべる。
「わかりましたよ。しかし、ギザール将軍。油断なさらないように。特にヘーゼン=ハイムという男は、能力の全貌が明らかになった訳ではありません」
「……相変わらずランドブルは心配性でいかんな。しかし、私は暗殺者風情には負けないよ。ここにいる団長たちもだ」
ギザールはそう言い切った。彼は暗殺者が嫌いだ。正々堂々とではなく、敵の背後から潜むように虚をついて殺す。コナハワン弓団長は、さぞや無念の死だっただろう。
平民出身の不能者(魔法の使えぬ者)ながら、優秀な軍人だった。要所要所で戦果をあげ、よく部下をまとめた。
「さっ、堅苦しい話はこれぐらいにして。一杯だけ飲もう。コナハワン弓団長の餞だ」
ギザール将軍はコップとワインを用意させ、その場にいる全員に注ぎ、天に向かって献杯をした。




