首都アルツール攻防戦(7)
数百メートル後方。ゴクナ諸島の海賊シルフィは、残心の構えを取っていた。放たれた必殺の魔矢は、歪な軌道を描き、見事にグライド将軍の脳天に的中した。
この若き親分は、生まれながらにして風の精霊による加護を受けており、かつ、弓の名手でもある。それゆえに、ヘーゼンから特殊な魔弓を譲渡されていた。
今回の戦は、ラスベルが編成した精兵の魔弓隊により後方支援がなされていた。そこに一人。本物の狙撃手を紛れ込ませた。
だが、グライド将軍ほどの名将が防げないほどの一矢。それを喰らわせるために、ラスベル、バージスト将軍、フェンリ将軍が非常に長い時間をかけ集中力を奪った。
これは、ラスベルの最後の手段であり、最終の切り札でもあった。すべてを出し尽くし、他に手がなくなった時の罠。
実際に、自分が魔力枯渇で動けなくなった時、グライド将軍が防御から攻撃に転じようとしたその瞬間。
一瞬の隙。
いくつもの伏線を張り巡らせて放たれたそれは、弓らしからぬ異常な軌道、速度を持って、見事にグライド将軍の眉間に的中した。
だが。
「……っ」
一瞬にして砕け散ったのは、放たれた矢だった。
「ぜぇ……ぜぇ……」
あり得ない。人の眉間に矢が的中すれば、死ぬ。それは、魔法使いであっても同じだ。まして、シルフィの魔弓の威力を考慮すれば、グライド将軍がゼルクサン族であったとしても絶命は必至である。
「なるほどの……この一撃を狙っていたわけか。見事じゃ」
グライド将軍はニカっと笑顔を浮かべる。
「……そうですか。そんなところにあったんですね、螺旋ノ理は」
ラスベルもまた負けじと笑うが、その心中は穏やかではない。意識は朦朧とし、次の手が思い浮かない中、なんとか会話を続けて攻撃をさせないようにする。
……それが、虚しい抵抗だと薄々は気づきながら。
「気づいたか? 鋭いのぉ」
「螺旋ノ理は、体内に取り込んだ魔力を蓄積し、あらゆる力に変換する能力ですね?」
恐らく……いや、間違いなくグライド将軍の体内にそれがある。
「カッカッカッ! ご明察じゃ」
「……」
当たらないで欲しかった推理が当たってしまい、ラスベルの心に絶望感が忍びよる。今、思い浮かべている能力が想定しているものであれば最悪だ。
この戦だけは勝利することができない。
魔力の蓄積というのは、それだけ脅威的なものだからだ。
ラスベルの狙いは大きく2つ、魔力枯渇と超接近戦運用だ。火炎槍と氷絶ノ剣は、発動すればほぼ常時消費の類だ。それ故に、喰われる魔力も他の魔杖と比にならない。
人の魔力の限界は限られているが。螺旋ノ理に上限がないとすれば……蓄積した魔力次第では、何ヶ月もの継戦能力を保有することもできるのではないか。
そして、2つ目の能力……おそらくは耐久力と膂力の変換。これは、すなわち超接近戦でも勝ち目が無いということだ。
「群を抜いた身体能力の謎が、こんな形で解けるとは」
バージスト将軍も思わず愚痴る。
「大将軍という肩書きは便利での。身体能力が多少強くても、まあ、なんとか誤魔化せた」
「……」
魔力の蓄積と変換。
一見、単純に思えるこの能力は、まさにグライドには最適だった。
最悪の想定が、ラスベルを支配する。
数十年もの間、グライドは自身の強力な魔力を溜め続けていたとすれば。もちろん、数度、火炎槍や絶氷ノ剣だけでは敵わない強敵もいただろう。
その時は、日々溜め込んできた魔力を解放し、超人的な膂力と耐久力、そして無尽蔵の魔力でひたすら攻め続ける。
そして……約10年。グライド将軍には強敵と呼べるほどの者が目の前に現れなかったとすれば。
「だから、『長期戦で息切れする』と言う算段をする者は、確実に負けることになる。ヌシらのようにな」
「はぁ……はぁ……」
ラスベルは、息をきらしながら苦悶の表情を必死に隠す。だが、魔力枯渇で身体に震えが現れる。戦術的破綻。度重なる連戦により、彼女も他の将軍たちも限界が近い。
一方で、グライド将軍は、ほぼ無尽蔵な魔力で火炎槍、絶氷ノ剣を振り回す。幾十日戦っても、それは事切れることはないのだとすれば。
勝敗は決した。
いや、最初から決していたのかもしれない。
ヘーゼンが到着するまで、後2日。
残された手が撤退しかないが、この場を上手く切り抜ける手が思い浮かばない。
「さて……非常に楽しいひとときであった。名残惜しくはあり、残念であるが幕じゃ」
グライド将軍が火炎槍を振るい、ラスベルに向かって大炎を放った時。
「……っ」
「間に合った!」
ラスベルの前には、漆黒鎧を纏った戦士と黒髪の少女が立っていた。




