混沌
*
数分前。シガー王はこれ以上ないくらい幸せだった。卑怯者の卑しい策略のせいで、もはや、盟主の座から降されることは明々白々。
あとは、数ヶ月先に開かれる『任命の儀』で、アウヌクラス王からその座を引き摺り下ろされるだけだと思っていた。
まさか、形勢が逆転するとは思っていなかった。
いや、逆転とまでは行っていないか。だが、希望の光が見え始めた。万が一にでもノクタール国軍がヤアロス国の首都ゼルアークを陥落させたら、アウヌクラス王は失脚する。
何より。
自分と同じように苦境に喘ぐ、アウヌクラス王の姿が見ていて、本当に爽快だった。最高に気持ちがよかった。
自分を不幸に追いやった張本人、ヘーゼン=ハイムという悪魔に感謝すらした。
だが。
数分後。
シガー王は伝令の言っていることがわからなかった。聞こえないのではない。理解不能。
裏切り?
いや、言っていることがわからない。自分は王だ。絶対権力者だ。少なくとも現時点において、『イリス連合国の盟主』という諸王の中の王だ。
自国内で自分に逆らう者など、この場で倒れている無能ジジイ以外にいるはずがないのだ。
数秒の硬直の後、シガー王は幻聴とみなした。
そして、すぐに伝令のもとに駆け寄り、胸ぐらを掴んで凄む。
「おい! キチンと報告をしろ! 今、あり得ない言葉が聞こえた! そんなわけがないことが! キチっと報告しなければ即刻その首を斬る!」
「ひっ……じ、事実です! 筆頭将軍のバージスト将軍が裏切り、8万の軍勢が首都アルツールに向かって進軍中です!」
「……っ」
幻聴じゃなかった。
幻聴じゃ……
「おい」
「……っ」
飛び交った短い声に、シガー王はビクッと肩を振るわせる。当然、声を発したのはアウヌクラス王だった。
「貴様は……自国の兵ですらまともに従えさせられないのか! いったい、何を考えている!?」
「ひっ……ぐっ……」
胸ぐらを掴まれ、シガー王は思わず目を逸らす。
「よりにもよって、筆頭将軍に裏切られただと!? おい! ほ、他には! 8万が裏切ったと言うと他にもいるだろう!?」
アウヌクラス王が伝令を睨みつける。
「そ、それが……今、確認してますが、クゼアニア国の主な将軍と軍長の4分の3は裏切りました」
「……っ」
シガー王だけでなく。アウヌクラス王や諸王の面々も全てあんぐりと口を開けた。
「貴様……どれだけ絶望的な人望をしてるのだ! わかってるのか? 4分の3だぞ! 我がヤアロス国10万の軍がここにいなければ! クーデターで貴様など斬られるぞ!?」
「う、うあうううううるさい!」
攻撃から逃れるために、反射的に言葉を遮断する。
「貴様にイリス連合国の盟主の資格はない! さっさとその座を降りろ!」
「う、うううううるさい! うるさいいあうううううるさいうるさい!」
まるで……保護者であるかのように叱りつけるアウヌクラス王に目を背け、シガー王はガジガジと爪を噛む。
怒られるのは嫌だ。父のように……先王ビュバリオのように怒られるのはごめんだ。
「こ、こ、こここここには、まだグライド将軍がいる」
そうだ。ここには、まだ使える駒が残っている。
「貴様! まだ、この期に及んで私のグライド将軍を使おうというのか!」
「う、うううううううるさい! な、な、何度も言ってるだろうが! 貴様の持ち物じゃない! イリス連合国の……私のものだ! 私のものを私がどう使おうが勝手だ!」
そう叫び。
シガー王は諸王たちに向かって睨みつける。
「呼び戻せ! よ、よ、よよよ呼び戻せばいい。そうだ、呼び戻せば問題ない。20万……いや、10万でも戻せば挟み撃ちで一気に方がつく! 諸王の面々も、い、い、い、い異議はないだろう?」
「「「「……」」」」
「どうなんだ! このままだと敵軍に殺されるぞ!」
シガー王が怒鳴り、机に拳を思いきり叩きつける。瞬間、血がブワッと湧き出るが痛みは全く感じない。
「そ、そうですな。まあ、致し方ないというか……」「う、うむ。緊急事態ですし、まずはクーデターを納めるという方向性で」「今後のことは……まあ、ともかく仕方がないでしょうな」「ここ首都アルツールをやられてはどうしようもありませんし」
諸王たちの同意に対し。
シガー王は、ほくそ笑む。そうだ。こいつらゴミ王共は自分たちの保身しか考えていない。ここ首都アルツールが落ちれば、こいつら共も捕縛される。
グライド将軍さえいれば、確実にアルツールは耐えきれるのだ。問題はないはずだ。そして、自分たちのことしか考えていないこいつらは、必ずイリス連合国40万を戻すのに同意する。
裏切り者のゴミども……報いは必ず受けさせてーー
「否決だ」
「じ、ジジイっ……」




