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籠城


          *


 ヘーゼンが自室で地図を拡げていると、ロレンツォ大尉が入ってきた。その表情に悲壮感はない。まず、この上官は自分の望むものを持ってきたのだと思った。


「ヘーゼン少尉。君に大尉権限を譲渡する。この要塞を救ってくれ」

「……承りました」

「私は君の指揮下に入ることになるが、何をすればいい?」

「引き続き私の意図した戦術を上官方に伝えて頂けますか? あなたには上層部とのパイプ役になって貰いたい」


 自分の指示を聞くことは、彼らの自尊心が許容できないだろう。しかし、ロレンツォ大尉であれば納得ができる。調整能力では、彼の方が優れているとヘーゼンは認めている。


「意外だな。『敬語を使え』と言うかと思っていた」


 ロレンツォ大尉がそう言って笑う。報告によると、モスピッツァ中尉は、夜な夜な大尉の部屋に訪れて、『酷い仕打ちを受けている』と泣きながら嘆願しているとのことだ。


 ヘーゼンは思わず苦笑いを浮かべた。


「確かに、モスピッツァ中尉には敬語を強いましたね。しかし、敬意は心の中から湧き起こるものです。どうか、これまで同様、敬意を以てあなたに接することをお許し頂きたい」

「敬意? 君の口からそのようなことを聞くとは、ますます意外だな。私が君より優れている面は、『世渡りの上手さ』だけだと思っていたが」

「あんまりいじめないでください」

「ははっ! 君にそんなことを言われるとは、ますます意外だ」

「……ロレンツォ大尉は、私が上官に仰ぐ条件がわかりますか?」

「ん? 軍人としての総合力かな?」

「違います」

「優れた決断力」


 ヘーゼンは首を横に振る。


「部下を許す包容力……は違うな」

「もちろん」

「……能力と功績を公平に評価すること」

「まあ、それもありますが一番ではないですな。それは、有事の後にする事だ」

「うーん。わからないな。答えを教えてくれ」

「部下の意見を誠実に受け止め、優れたものであれば採用することです」

「……」

「指揮人数が多くなればなるほど、多種多様な意見が出てくる。その中で、自身より優れた意見など存在して当たり前なのです。それを、見栄や自尊心、立身出世などのために採用しない者を、私は上官とは仰ぎません」

「……」

「よって、ジルバ大佐も、ケネック中佐も、他の日和見の派閥の取るに足らない輩も、私は上官とは見なさない。まあ、所詮は雇われ軍人の身ですから、上辺だけの敬意は払いますがね」

「……全然払えてないんだよなぁ」


 ロレンツォ大尉は、ため息をついて首をすくめる。


「そこは、私の至らなさと言うことで。どうか、ロレンツォ大尉に力を貸して頂きたく思います。もちろん、これまで通り敬語を使わなくて構いません。それに、適宜指揮権は入れ替えるつもりでいます。あくまで、形式上の大尉格とさせて頂きたく」

「……本音かどうかは微妙なところだな」

「ほ、本音ですよ。私をなんだと思ってるんですか?」

「ははっ。ヘーゼン少尉は嘘をつくのが上手いし、自分にそんな器があるのかも定かではない。しかし、君ほどの男に、そんなことを言われるのは、悪くない気分だ」

「……大尉は変わったお方ですね」

「そうか? 君に言われると、自分が変人のような気がしてくるな」

「……」

「ははっ……しかし、君は、やはり部下を乗せるのが上手い。わかった、よろしく頼む」

「よろしくお願いします」


 ロレンツォ大尉は手を差し出し、ヘーゼンは笑みを浮かべてその手を握った。


 互いの立ち位置を決めたところで、次は地図に駒を置き戦術を話し合う。ヘーゼンは、自身の要塞の四方に、駒を4つ置いた。


「まずは、部隊配置ですね。当然ですが、籠城で戦います」

「堅実だな」

「相手が5万。対するこちらは、派閥の陣営が抜けて1万5千あまり。それに、第2大隊の兵力も3千あまりしかない。野戦では、勝ち目が薄くなる」

「……」

「しかし、籠城としては守れない人数でもない。東西南北に各大隊を均等に配置するのです。最終的に私は、ギザール将軍の部隊と当たります」

「相手は大将軍級だ。それに、彼の部隊には近衛兵団という屈指の強兵がいる」

「だからこそ、です」

「……わかった。上層部も、大将軍が率いる軍とは正面きって当たりたくはないだろうから、その提案は通るだろう」


 愚痴は山ほど言われるだろうが、とロレンツォ大尉は付け加える。


「では、『その役目、お譲りします』と提案してみては?」

「言えるか! そう言うところだな、君の悪いところは」

「ふむ……よくわからないな。愚痴を言うということは、不満であるのですよね? しかし、代替策も示さずに、代わりにも戦わない。私にはなにがしたいのかよくわかりませんね」

「はぁ……やはり、私がパイプ役になるべきだな」


 ロレンツォ大尉が大きくため息をつく。


「策はそれだけか?」

「籠城は、やることが防衛だけですからね。あと、ロレンツォ大尉には私が不在の時に指揮を取ってもらえると」

「……不在の時?」

「私は魔法使いですからね。あなたたちが耐えている間に、ある程度相手の戦力を撹乱して、削り取っておく必要がある」

「なにをする気だ?」

「……」


 やはり、完全には信用していないのだろう。しかし、それでいい。この上官の優秀なところは、柔軟な思考力だ。決して、盲目的に信頼するような愚を冒すことはない。だから、判断のミスが少ないのだ。


「まあ、それはおいおい。しかし、その間、ロレンツォ大尉の役割は複雑です。自身の配置を警護するのは当然。そして、東西南北、どこに現れるかわからないギザール将軍の猛攻に対し、他の隊を助力し、耐えねばなりません」

「……正直に言って、自信がないな」

「ディオルド公国は、騎馬が強い。突破されると門からでしょう。ですから、カク・ズを使ってください」

「君の護衛士か。しかし、多勢に無勢では?」

「心配する必要はありません。こんな時のために、彼を護衛士に雇っています。門が破られそうになった時に配置すれば、面白いものが見られますよ」

「……わかった」

「この戦は3日。勝負は、そこで決まります」


 そう言うと、ロレンツォ大尉が大きく目を開く。


「そこまでの超短期決戦になると?」

「圧倒的な大勝利か、大敗北か。この2択になるでしょう」

「……大敗北もあり得るか」

「戦場に絶対はないし、あり得る未来です」

「弱気だな」

「どんな可能性もあるということです」

「そうならないことを神にでも祈るよ」

「……とにかく。まずは、1日、目先の防衛に全力を注がねば」


 ヘーゼンは淡々と答えた。


 

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― 新着の感想 ―
面白くって一気読みしております。 気になった点 中佐以下が去って15000対50000 中佐は派閥多数派で仮に30000くらい兵数がいたとすると、数はほぼ互角だった。 質に差がなければ要塞は普通は落…
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