籠城
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ヘーゼンが自室で地図を拡げていると、ロレンツォ大尉が入ってきた。その表情に悲壮感はない。まず、この上官は自分の望むものを持ってきたのだと思った。
「ヘーゼン少尉。君に大尉権限を譲渡する。この要塞を救ってくれ」
「……承りました」
「私は君の指揮下に入ることになるが、何をすればいい?」
「引き続き私の意図した戦術を上官方に伝えて頂けますか? あなたには上層部とのパイプ役になって貰いたい」
自分の指示を聞くことは、彼らの自尊心が許容できないだろう。しかし、ロレンツォ大尉であれば納得ができる。調整能力では、彼の方が優れているとヘーゼンは認めている。
「意外だな。『敬語を使え』と言うかと思っていた」
ロレンツォ大尉がそう言って笑う。報告によると、モスピッツァ中尉は、夜な夜な大尉の部屋に訪れて、『酷い仕打ちを受けている』と泣きながら嘆願しているとのことだ。
ヘーゼンは思わず苦笑いを浮かべた。
「確かに、モスピッツァ中尉には敬語を強いましたね。しかし、敬意は心の中から湧き起こるものです。どうか、これまで同様、敬意を以てあなたに接することをお許し頂きたい」
「敬意? 君の口からそのようなことを聞くとは、ますます意外だな。私が君より優れている面は、『世渡りの上手さ』だけだと思っていたが」
「あんまりいじめないでください」
「ははっ! 君にそんなことを言われるとは、ますます意外だ」
「……ロレンツォ大尉は、私が上官に仰ぐ条件がわかりますか?」
「ん? 軍人としての総合力かな?」
「違います」
「優れた決断力」
ヘーゼンは首を横に振る。
「部下を許す包容力……は違うな」
「もちろん」
「……能力と功績を公平に評価すること」
「まあ、それもありますが一番ではないですな。それは、有事の後にする事だ」
「うーん。わからないな。答えを教えてくれ」
「部下の意見を誠実に受け止め、優れたものであれば採用することです」
「……」
「指揮人数が多くなればなるほど、多種多様な意見が出てくる。その中で、自身より優れた意見など存在して当たり前なのです。それを、見栄や自尊心、立身出世などのために採用しない者を、私は上官とは仰ぎません」
「……」
「よって、ジルバ大佐も、ケネック中佐も、他の日和見の派閥の取るに足らない輩も、私は上官とは見なさない。まあ、所詮は雇われ軍人の身ですから、上辺だけの敬意は払いますがね」
「……全然払えてないんだよなぁ」
ロレンツォ大尉は、ため息をついて首をすくめる。
「そこは、私の至らなさと言うことで。どうか、ロレンツォ大尉に力を貸して頂きたく思います。もちろん、これまで通り敬語を使わなくて構いません。それに、適宜指揮権は入れ替えるつもりでいます。あくまで、形式上の大尉格とさせて頂きたく」
「……本音かどうかは微妙なところだな」
「ほ、本音ですよ。私をなんだと思ってるんですか?」
「ははっ。ヘーゼン少尉は嘘をつくのが上手いし、自分にそんな器があるのかも定かではない。しかし、君ほどの男に、そんなことを言われるのは、悪くない気分だ」
「……大尉は変わったお方ですね」
「そうか? 君に言われると、自分が変人のような気がしてくるな」
「……」
「ははっ……しかし、君は、やはり部下を乗せるのが上手い。わかった、よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
ロレンツォ大尉は手を差し出し、ヘーゼンは笑みを浮かべてその手を握った。
互いの立ち位置を決めたところで、次は地図に駒を置き戦術を話し合う。ヘーゼンは、自身の要塞の四方に、駒を4つ置いた。
「まずは、部隊配置ですね。当然ですが、籠城で戦います」
「堅実だな」
「相手が5万。対するこちらは、派閥の陣営が抜けて1万5千あまり。それに、第2大隊の兵力も3千あまりしかない。野戦では、勝ち目が薄くなる」
「……」
「しかし、籠城としては守れない人数でもない。東西南北に各大隊を均等に配置するのです。最終的に私は、ギザール将軍の部隊と当たります」
「相手は大将軍級だ。それに、彼の部隊には近衛兵団という屈指の強兵がいる」
「だからこそ、です」
「……わかった。上層部も、大将軍が率いる軍とは正面きって当たりたくはないだろうから、その提案は通るだろう」
愚痴は山ほど言われるだろうが、とロレンツォ大尉は付け加える。
「では、『その役目、お譲りします』と提案してみては?」
「言えるか! そう言うところだな、君の悪いところは」
「ふむ……よくわからないな。愚痴を言うということは、不満であるのですよね? しかし、代替策も示さずに、代わりにも戦わない。私にはなにがしたいのかよくわかりませんね」
「はぁ……やはり、私がパイプ役になるべきだな」
ロレンツォ大尉が大きくため息をつく。
「策はそれだけか?」
「籠城は、やることが防衛だけですからね。あと、ロレンツォ大尉には私が不在の時に指揮を取ってもらえると」
「……不在の時?」
「私は魔法使いですからね。あなたたちが耐えている間に、ある程度相手の戦力を撹乱して、削り取っておく必要がある」
「なにをする気だ?」
「……」
やはり、完全には信用していないのだろう。しかし、それでいい。この上官の優秀なところは、柔軟な思考力だ。決して、盲目的に信頼するような愚を冒すことはない。だから、判断のミスが少ないのだ。
「まあ、それはおいおい。しかし、その間、ロレンツォ大尉の役割は複雑です。自身の配置を警護するのは当然。そして、東西南北、どこに現れるかわからないギザール将軍の猛攻に対し、他の隊を助力し、耐えねばなりません」
「……正直に言って、自信がないな」
「ディオルド公国は、騎馬が強い。突破されると門からでしょう。ですから、カク・ズを使ってください」
「君の護衛士か。しかし、多勢に無勢では?」
「心配する必要はありません。こんな時のために、彼を護衛士に雇っています。門が破られそうになった時に配置すれば、面白いものが見られますよ」
「……わかった」
「この戦は3日。勝負は、そこで決まります」
そう言うと、ロレンツォ大尉が大きく目を開く。
「そこまでの超短期決戦になると?」
「圧倒的な大勝利か、大敗北か。この2択になるでしょう」
「……大敗北もあり得るか」
「戦場に絶対はないし、あり得る未来です」
「弱気だな」
「どんな可能性もあるということです」
「そうならないことを神にでも祈るよ」
「……とにかく。まずは、1日、目先の防衛に全力を注がねば」
ヘーゼンは淡々と答えた。




