賭け
戦闘後。瀕死の重傷から回復を図っているレイラクたちに対し、ヘーゼンは満足げな笑顔を浮かべる。
「確かに、全員が遜色なく将軍級ですね。あなたたちみたいな人材を擁するアウラ秘書官は、やはり素晴らしい」
「……完膚なきまでに叩きのめしておいて、よく言いますね」
レイラクはグッタリと倒れながら、忌々しげにつぶやく。やっと、話をできる程度にまで気力が回復したが、気を抜くとくっつけた首が取れそうで怖い。
自身の首が飛ぶ感覚など、思い出しただけでも、気持ち悪い。痛覚などはそのままなので、もう一生味わいたくはない。
「すいません、クシャラと組む可能性もあったので、全員ひと通り、この感覚を味わってもらいました。慣れが必要なんです」
「……」
実戦演習と言うのは、このことかとレイラクたちは思った。確かにこの感覚は、初見だと戸惑い混乱する。
訓練を積もうとしても、自身を殺すというところまでは踏み込みにくい。なので、真剣勝負で強制的に死に追い込まれるのが最適なのだろう。
「あの新しい魔杖は?」
「蜃気ノ剣と言います。幻惑型の魔杖ですね。初見で見破られたのは流石です」
「……何が。気を逸らすための陽動でしょう?」
レイラクは、自嘲気味につぶやいた。自分たちが、その存在に注目している間に、ヘーゼンはズォルグから空蝉ノ理を奪い、背後へと移動していた。
見事に気を逸らされ、敗北した。
「それもあります」
「……も?」
レイラクが怪訝な表情で尋ねると、隣のザハラが息絶え絶えにつぶやく。
「幻覚で見えていた剣の中には、本命が紛れ込んでいた。それに、俺とヴォイギは殺られた」
「……っ」
レイラクは唖然とした。自分の首が飛んでいる間に、そんなことが起きていたなんて。
蜃気ノ剣は数千本の幻覚を見せるが、その中には数本の具現化された剣がある。ヘーゼンはこともなげに、そう説明をした。
「砂塵ノ盾は、非常に強力な硬度を誇ってました。蜃気ノ剣では、貫けない可能性があったので、先にあなたを殺しておく必要があったのですよ」
「……ああ、もう完敗だ」
レイラクは悔しげに空を仰ぐ。心地よいくらいの完全敗北だ。事前に施していた対策も、なにもかも無駄だった。
しかし、ヘーゼンは勝利の余韻には浸らず、真剣な表情を崩さずに答える。
「さて、本題を行きましょう。私の力は、大将軍級と比べてどうでしたか?」
ヘーゼンは尋ねる。
「……」
レイラクは少し考え、やがて、本音を口にする。
「確かに、あなたは規格外の強さを誇ります。帝国でも、上位に君臨することのできる類のものだとは思います」
「……」
「だが、大将軍級と言われると、疑問が残りますね」
「それは、四伯と比べてと言うことでしょうか?」
「……」
レイラクがジッと観察するが、ヘーゼンに焦りや憤りはまったく見られない。ただ、興味深げに自分の話に耳を傾けている感じだ。
「はい。なので、グライド将軍と比べてと言うことではない。それに、自分よりも強い者同士の比較などできないので、一概にはいえないですが」
「いや、信用します。ありがとうございます」
ヘーゼンは素直に礼を言う。
「……不安ではないんですか? 及ばないかもしれないと言ったんですよ?」
レイラクは問いかける。負け惜しみに聞こえているのだろうか。確かに、その想いもなくは無い。だが、それを抜きにしても『大将軍級』とは呼べない気がした。
ヘーゼン=ハイムには何かが足りてないと、率直に思った。
「わかってます。だが、現時点で出せる戦力がここまでなので、やれるものでやっていかなくては仕方がない」
「……底知れない人だな」
一方で、思わず呆れてしまう。その動じない精神性。勝利を疑わない信念。どれを取っても超一流だ。
「アウラ秘書官には、こう告げてください。『ヘーゼン=ハイムが敗北した時は帝国はすぐに追撃をかけろ』とね。それが、次善だ」
ヘーゼンがそう答えた時、レイラクは不審そうに首を傾げる。
「わからないな。どうして、そこまでするのですか?」
「不思議ですか? あなた方のような有能な人材を提供してくれたアウラ秘書官に対して、報いようとするのは、当然だと思いますが」
「違います。ノクタール国に対して。イリス連合国に対して。帝国に対してです」
「……」
「ヘーゼン=ハイム。貴殿は、明らかにやり過ぎだ。どこかで止めておけば、より確実に戦果を得ることができた。そうではないですか?」
「小さな戦果を得ようとすれば、小さなものしか手に入らない。そう言うものではないでしょうか?」
「……それでも、全て失うよりはマシだ」
「そうですかね?」
「そ、そうでしょう?」
「……」
誰も全てを失いたくはない。死ねば終わりだ。地位、名誉、家族、友人全てを失う。
ヘーゼンはその問いに、少し考え、やがて、答える。
「賭けですよ」
「賭け?」
「物事には仕掛けどころがある。その時には、一切の躊躇なく、全てを賭ける。私は常にそうしてきたし、これからもそうするつもりだ」
「……」
しばらく沈黙を保っていたレイラクは、やがて、フラフラと立ち上がり、片膝をついて礼をする。他の部下たちもまた、それに習う。
「ヘーゼン=ハイム元帥。あらためて、約束させてもらいます。アウラ秘書官の命により、我ら4人は全身全霊をもって、あなたの下へとつかせてもらう」
「……感謝します」
ヘーゼンは笑顔で礼を返した。




